Black Midi - Hellfire (2022)
Black Midi『Hellfire』レビュー
Black Midiの『Hellfire』は、2022年にリリースされた3作目のスタジオアルバムである。ロンドンで2017年に結成されたこのバンドは、デビュー当初から複雑な演奏、急角度で展開する曲構成、演劇的な語り口で注目を集めてきた。本作はその路線をさらに押し進めた作品で、結果的にバンド最後のスタジオアルバムにもなった。2024年には無期限の活動休止が発表されており、ここでの到達点として聴かれる盤でもある。
盤としてはUK & Europe盤のRough Tradeリリースで、ゲートフォールド仕様、ステッカー付き。ハイプステッカーには「Limited Edition」「Special Edition」の表記がある。Side Aの終わりにロックト・グルーヴが入っている点も、このレコードならではの作り込みとして記録されている。タイトル曲のような一本柱で押すタイプではなく、アルバム全体を通して場面が切り替わっていく構成が印象に残る。
作品の位置づけ
前作『Cavalcade』が持っていた不穏さや緊張感を引き継ぎながら、『Hellfire』では物語性がより前面に出ている。Geordie Greepは本作を「前作がドラマなら、今作は一大アクション映画」と表現しており、実際にその言葉どおり、曲ごとの役割がはっきりしている。宗教、来世、虚無、暴力、欲望といったテーマが、一人称の語りや人物像を通して並べられ、キャラクターの動きが見えるような作りになっている。
制作は2021年6月13日から8月13日にかけてロンドンのHoxa HQで行われた。プロデュースはMarta Salogni。Björk周辺の仕事でも知られるエンジニアで、Black Midiでは前作収録の「John L」をきっかけに起用されたという流れがある。レコーディングは大半の楽曲が13日間ほどで進んだとされ、短期間で密度の高い録音が行われたことが分かる。
サウンドの特徴
このアルバムの中心にあるのは、変拍子や急なテンポ変化そのものではなく、それらを土台にした曲の転がり方である。Art Rock、Experimental、Math Rockという分類は付くが、実際の聴感はもっと雑多で、キャバレー、カントリー、フラメンコ、ショーチューンの要素が曲の中で入れ替わる。Geordie Greepのボーカルは語りと歌の間を行き来し、Cameron Pictonの低音は場面の緊張を支え、Morgan Simpsonのドラムは細かい切り替えを崩さずに押し進める。そこにKaidi AkinnibiのサックスやSeth Evansの鍵盤が加わり、曲の輪郭がさらに複雑になっている。
実際に聴くと、音の情報量が多いだけでなく、各パートの役割分担がかなり明確である。ギターが前に出る場面でも、リズム隊が単なる伴奏に落ちず、曲全体の推進力を保つ。録音の生々しさもあって、演奏の切り替えや音の抜き差しがそのまま伝わってくる。派手な技巧だけで進むのではなく、言葉の置き方とアレンジの変化で場面を作るアルバムだと受け取れる。
収録曲と耳に残る場面
代表曲としては「Welcome to Hell」がまず挙がる。冒頭からこの作品の方向性を示す曲で、演奏の圧と語りの調子がそのままアルバムの入口になっている。「Sugar/Tzu」は中盤の展開が大きく、曲名どおりの分割感も含めて、Black Midiの構成力がよく出ている。「The Race Is About to Begin」や「Dangerous Liaisons」も含め、曲単体で完結するというより、アルバムの流れの中で役割を持つ作りが目立つ。
また、ゲートフォールド内のクレジットや歌詞では「Half Time」が確認できる。こうした細部まで含めて、作品全体が一つの舞台装置のように組まれている印象が強い。曲順に沿って聴くと、場面転換の置き方や、急に空気が変わる瞬間の作り方がよく分かる。
同時代との関係
Black Midiは、同時代のロンドンの実験的ロック・シーンの中でも、演奏技術と構成の複雑さを前面に出したバンドとして見られてきた。近い文脈ではBlack Country, New Roadなどと並べられることが多いが、『Hellfire』はその中でも物語性の強さが際立つ。ポストパンク以降の硬質さを持ちながら、ジャズ、ミュージカル、劇伴のような振る舞いまで取り込んでいる点が、この作品の特徴になっている。
UKアルバムチャートでは自己最高の22位を記録しており、実験的な作法を保ったまま、バンドの到達点として広く届いた作品でもある。Rough TradeからのUK & Europe盤は、その時点のBlack Midiを記録した物理メディアとしても存在感がある。2022年の時点で、彼らがどこまで曲の構造を押し広げていたかを確認できる一枚である。
トラックリスト
- A1 Hellfire
- A2 Sugar/Tzu
- A3 Eat Men Eat
- A4 Welcome To Hell
- A5 Still
- B1 Half Time
- B2 The Race Is About To Begin
- B3 Dangerous Liaisons
- B4 The Defence
- B5 27 Questions