Cassiano - Cuban Soul - 18 Kilates (1976)
Cassiano『Cuban Soul - 18 Kilates』
Cassianoの『Cuban Soul - 18 Kilates』は、1976年にブラジルのPolydorから出たアルバム。カシアーノことGenival Cassiano dos Santosは、1943年にパライーバ州カンピナ・グランジで生まれ、40年代末に家族でリオデジャネイロへ移住した。レンガ職人の助手として働きながら、父からバンドリンとギターの最初のコードを教わり、1964年にはBossa Trioのギタリストとして活動を始め、その後は兄弟のCamarão、友人AmaroとともにOs Diagonaisを結成している。
制作背景・エピソード
本作は、Polydorから出た3枚目のスタジオ・アルバムにあたる。1975年にシングルとして出ていた「A Lua E Eu」と「Coleção」を収録し、どちらもPaulo Zdanowskiとの共作。2曲ともテレビ局グローボのドラマで使われて広まった。「A Lua E Eu」は音楽プロデューサーのネルソン・モッタが気に入り、1975年のドラマ『O Grito』のサウンドトラックに選ばれた。「Coleção」はドラマ『Locomotivas』で使用されている。
Cassianoは1970年のTim Maiaのデビュー作で、ギタリスト兼作曲者として参加した。全12曲のうち4曲を書き、「Primavera (Vai Chuva)」と「Eu Amo Você」がラジオでヒットしている。その後のソロ作としては1971年の『Imagem e Som』、1973年の『Apresentamos Nosso Cassiano』があり、後者は実験的でサイケデリック寄り、プログレッシヴ・ロックの要素もあって、ラジオでかけにくく、ヒットは出なかった。カシアーノの作品は、当時は多くのレーベルから「複雑すぎる」と見なされていたという。
時代の文脈
『Cuban Soul - 18 Kilates』は、Cassianoの作品の中で基準点になったアルバムとして語られている。ティム・マイア、イルドンと並び、アメリカのファンクとソウルをブラジルの大衆音楽に持ち込んだ3人の先駆者のひとりとされる。本作はブラジリアン・ソウルの金字塔とされ、北米のソウルやファンクと、MPBのハーモニーのブラジル的な解釈が出会った瞬間を記録した作品と評されている。ティム・マイアのサウンドを思わせる、スケールの大きなアレンジも指摘されている。
アルバムの後、1978年にはCBSが4作目のアルバムを採算が合わないとして取りやめた。同じ頃、Cassianoは深刻な呼吸器の病気で片方の肺の一部を切除し、音楽活動に戻ったのは1984年になってからだった。
後世への影響
後の世代では、エヂ・モッタ、サンドラ・ヂ・サー、クラウヂオ・ゾーリらがCassianoの影響を受けたアーティストとして挙げられている。ラップ・グループRacionais MC'sのマノ・ブラウンの名も出てくる。2000年にはエヂ・モッタが、1971年から1976年の3枚のLPから14曲を選んだ編集盤『Cassiano Coleção』をプロデュースした。
1991年の『Cedo ou Tarde』にはサンドラ・ヂ・サー、エヂ・モッタ、ジャヴァン、マリーザ・モンチらが参加したが、Cassiano自身は自分の創作の主導権がないトリビュート盤だったとして不満を示し、二度と録音しないと誓った。その後はリオ南部のアパートで長く隠遁生活を送り、2021年5月7日に77歳で亡くなっている。近年では「Onda」がDJの間で人気の曲になっている。
なお、この作品は2026年に、発売50周年を記念してUniversal Music Brasilからオリジナルの形でアナログ再発された。
トラックリスト
- A1 Hoje É Natal 3:45
- A2 Coleção 3:09
- A3 Ana 3:39
- A4 Onda 7:50
- B1 Central Do Brasil 3:40
- B2 Saia Dessa Fossa 3:20
- B3 De Bar Em Bar 3:37
- B4 Salve Essa Flor 4:20
- B5 A Lua E Eu 2:51
動画プレイリスト
このアーティストについて
Cassiano(カッシーアーノ、本名:Genival Cassiano dos Santos、1943年9月16日〜2021年5月7日)は、ブラジル・パライバ州カンピナ・グランデ出身のシ...
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