Daniel Caesar - Freudian (2017)
Daniel Caesar『Freudian』
カナダ・トロント出身のR&Bシンガーソングライター、ダニエル・シーザー(Daniel Caesar)が2017年8月に発表したデビュー・スタジオ・アルバム『Freudian』。自主制作EP『Praise Break』(2014年)や『Pilgrim's Paradise』(2015年)でインターネットを中心に熱烈な支持を築き上げたのち、自身のインディペンデント・レーベル「Golden Child Recordings」から解き放たれた現代ネオ・ソウルの金字塔である。アナログ盤LPは当初、北米ツアー「Freudian Tour」の会場限定で先行販売され、その後にオンラインでリリースされた見開きゲートフォールド仕様の特別なアイテムとなっている。
制作背景・エピソード
本作の音響的コアを担ったのは、トロントを拠点に活動するプロデューサー・デュオ、ジョーダン・エヴァンス(Jordan Evans)とマシュー・バーネット(Matthew Burnett)である。彼らはもともとドレイクやリル・ウェイン、エミネムらのヒップホップ作品を手がけてきた敏腕トラックメイカーであり、その重厚なベース感覚と音響構築力が本作の豊かなサウンドを支えている。シーザーが生ギターやピアノで紡いだ親密な弾き語りデモをベースに、生のドラムスやベース、そして荘厳なゴスペル・クワイアを重ね合わせ、オーガニックでありながら映画のような奥行きを持つサウンドスケープへと昇華させた。
さらに本作の際立った特徴は、カリ・ウチス(Kali Uchis)、H.E.R.、シド(Syd / The Internet)、シャーロット・デイ・ウィルソン(Charlotte Day Wilson)という、同時代のインディペンデントR&Bシーンを牽引する傑出した女性シンガーたちが絶妙な配置で客演している点にある。単なるフィーチャリングにとどまらず、男女の生々しい対話や内省的なハーモニーを生み出し、作品の叙情性を一段と高めている。
時代の文脈
2010年代半ばから後半にかけてのメインストリームR&Bは、808ベースとオートチューン、冷徹なシンセサイザーを多用したダークなトラップ/オルタナティブR&Bが主流を占めていた。そのただ中に登場した『Freudian』は、生楽器の温もりとクラシックなソウル/ゴスペルの精神性、そしてアコースティックな親密さを前面に押し出し、ネオ・ソウルの新たな夜明けとして世界中に新鮮な衝撃を与えた。
精神分析の創始者ジークムント・フロイトの名を冠したタイトルの通り、歌詞世界ではエディプス・コンプレックスやイド、自我(エゴ)、超自我(スーパーエゴ)の葛藤をモチーフに、若き日の恋愛における無条件の献身と執着、背徳感、精神的依存といった複雑な心の揺らぎが生々しく吐露されている。教会育ちのシーザーが信仰と世俗の愛欲の狭間で苦悩する姿は、ミレニアル/Z世代のリスナーの心情と強く共鳴した。
サウンドと聴きどころ
アルバムの幕開けを飾る「Get You」は、カリ・ウチスを迎えた極上のスロウ・ジャム。リバーブが心地よく広がるフェンダー・ローズと深みのあるベースラインの上で、シーザーの柔らかく伸びやかなファルセットが浮遊し、愛する人と出会えた奇跡への恍惚をロマンティックに歌い上げる。
続く「Best Part」は、H.E.R.とのアコースティック・デュエット。繊細なアコースティック・ギターの爪弾きと二人の吐息混じりのハーモニーだけで構成され、朝の光が差し込むような親密さと無垢な愛の美しさを捉えた珠玉のポップ・バラードである。
中盤の「Neu Roses (Transgressor's Song)」や「Loose」では、アカペラ・コーラスの多重録音やピアノの静謐なアルペジオが内省的なトーンを深める。そして後半の「We Find Love」から「Blessed」へのメドレー的展開は本作の白眉である。教会の礼拝を思わせる讃美歌調のピアノと大迫力のクワイアが鳴り響くなか、愛の終わりと受容、そして傷つきながらも祝福を見出す心情がエモーショナルに歌い上げられる。
締めくくりとなる10分超の表題曲「Freudian」は、瞑想的なピアノとヴォーカルによる前半から、ハモンド・オルガンと合唱が渦を巻く壮大なシンフォニック・ゴスペルへと昇華し、アルバム全体を深いカタルシスで包み込む。
評価と達成
『Freudian』はメジャーレーベルの後ろ盾を持たない完全な自主制作・インディペンデント作品でありながら、ストリーミング・プラットフォームを通じて世界的バイラル・ヒットを記録した。2018年の第60回グラミー賞において「最優秀R&Bアルバム賞」および「最優秀R&Bパフォーマンス賞」(「Get You」)の2部門にノミネートされ、翌2019年の第61回グラミー賞では「Best Part」が見事に「最優秀R&Bパフォーマンス賞」を受賞した。
インディペンデント・アーティストが自らのクリエイティブ・コントロールを完全に握ったまま世界的な評価と商業的成功を両立できることを実証し、2010年代末以降のオーガニック・ソウル/ベッドルームR&Bの隆盛を決定づけた歴史的な名盤である。
トラックリスト
- A1 Get You
- A2 Best Part
- A3 Hold Me Down
- A4 Neu Roses (Transgressor's Song)
- A5 Loose
- B1 We Find Love
- B2 Blessed
- B3 Take Me Away
- B4 Transform
- B5 Freudian
動画プレイリスト
このアーティストについて
Daniel Caesar(ダニエル・シーザー、本名: アシュトン・シモンズ、1995年4月5日生まれ)は、カナダ・オンタリオ州出身のシンガーソングライター。ゴ...
Daniel Caesar のプロフィール・作品一覧