Depeche Mode - Violator (1990)
Depeche Mode『Violator』レビュー
Depeche Modeの7作目となるアルバム『Violator』は、1990年3月19日にUKのMuteから発表された作品だ。バンドにとっては、それまでのシンセポップの枠を保ちながら、より大きな会場とより広い層へ届く段階へ進んだ節目の一枚である。Basildon出身の電子音楽バンドとして出発した彼らは、1980年代を通じてUKニュー・ウェイヴの流れから、アメリカでも強い存在感を持つグループへ変化してきた。その流れの先に置かれたのがこの『Violator』になる。
制作背景とアルバムの輪郭
本作は1989年5月から約半年をかけて制作され、ミラノのLogic Studios、デンマークのPuk Studios、ロンドンのThe ChurchやMaster Rock Studios、さらにニューヨークのAxisなど、複数のスタジオをまたいで仕上げられた。プロデュースはFlood、エンジニアはSteve Lyon、ミキシングにはFrançois Kevorkianが参加している。Martin Goreが従来のような完成度の高いデモではなく、あえて未完成の素材を持ち込み、バンド側で形を詰めていく進め方を取った点も重要だ。こうした制作体制が、曲ごとの輪郭をくっきりさせつつ、全体に統一感を持たせる結果につながっている。
実際に聴くと、音数は多いのに隙間がある。シンセのレイヤー、打ち込みのリズム、ベースのうねりが前に出る一方で、各パートがぶつかりすぎない。80年代後半のダンス・ミュージックやインダストリアルの要素を取り込みながら、ポップソングとしての明快さを失っていないのがこのアルバムの特徴だ。
代表曲の強さ
先行シングルの「Personal Jesus」は、本作を語るうえで外せない曲だ。ミラノでのセッション初期に生まれ、アルバム完成前の1989年8月に先行リリースされた。Priscilla Presleyの自伝『Elvis and Me』に着想を得たとされ、「誰かにとってのイエスであること」をテーマにした曲として知られている。Muteが電話番号だけを載せた広告を打ち、曲名の意味をめぐる憶測を呼んだエピソードも有名だ。リフの反復、乾いたビート、歌の間合いがはっきりしていて、後のロック寄りのカバーでも通じる骨格を持っている。
「Enjoy the Silence」も本作を代表する一曲だ。もともとはMartin Goreの弾き語り的なバラードとして書かれたが、Alan Wilderの提案でアップテンポなダンス・ナンバーへ組み替えられた。結果として、英米ともにトップ10入りする大きなヒットになった。静かなメロディを持ちながら、リズムの推進力が強く、アルバムの中でも特に完成度の高い一曲として機能している。
さらに「Policy of Truth」「World in My Eyes」なども収録され、アルバム全体の温度を一定に保つ。「Blue Dress」や「Clean」まで含めると、表面は整っていても、内容には緊張感がある。甘い旋律と冷たい手触りが同居する構造は、Depeche Modeらしさがもっとも明確に出た時期のひとつだ。
アルバムの位置づけ
『Violator』は、Depeche Modeにとって大きな転機になった作品だ。UKではアルバムチャート2位、米Billboard 200では自己最高の7位を記録し、初の全米ミリオンセラーにもなった。翌日のロサンゼルスでのサイン会に想像以上の人数が集まり、警察が出動する騒ぎになったという話も、この時期の熱量をよく示している。その後のWorld Violation Tourではスタジアム級の会場も使われ、バンドの活動規模が一段上がった。
同時代のシンセポップやエレクトロニック・ポップの中でも、本作はかなり重心が低い。軽快さよりも、音の圧、反復の粘り、歌詞の切実さが前に出る。後のオルタナティヴ・ロックやダーク寄りの電子音楽にも影響を与えたとされるのは、この接続のしかたが大きい。電子音楽でありながら、バンド演奏のような緊張感を保っている点も印象的だ。
オリジナル盤としての情報
このUK盤はMuteのカタログ番号Stumm 64。レーベル表記や刻印の違いで複数バージョンが存在するが、ここでの盤はオリジナル期のものとして扱える。レコーディングとミックスのクレジット、そして収録曲の間にあるインタールード的な小節まで含めて、90年のDepeche Modeの到達点をそのまま閉じ込めた一枚になっている。
『Violator』は、ヒット曲の寄せ集めではなく、曲順の流れ込み方まで含めてまとまりが強いアルバムだ。シングルの強さと、アルバム作品としての密度が両立しているところに、この作品の価値がある。
トラックリスト
- A1 World In My Eyes 4:27
- A2 Sweetest Perfection 4:42
- A3 Personal Jesus 4:19
- A4 Halo 4:28
- A5 Waiting For The Night 6:07
- B1 Enjoy The Silence 6:13
- B2 Policy Of Truth 4:54
- B3 Blue Dress 5:38
- B4 Clean 5:33