原マスミ - 夢の4倍 (1984)
原マスミ『夢の4倍』について
原マスミの2作目『夢の4倍』は、1984年にユピテル・レコードから出たアルバムである。原マスミは1955年生まれのシンガーソングライターで、イラストレーター、画家としても活動してきた人物だが、この作品ではそうした多面的な表現活動と地続きの、少しひねれたポップスの感触が前面に出ている。中性的な歌声と、歌謡曲、フォーク、電子音響の要素をまたぐ作風が、当時の日本の音楽の中でもかなり独特な位置を占めている。
前作『イマジネーション・エクスチェンジ』でデビューしたあとに発表された本作は、原マスミの初期作の中でも、より輪郭のはっきりした作品として語られることが多い。収録曲は全10曲で、曲名だけを見ても、日常語と夢想が同じ温度で並んでいるのがわかる。『海で暮らす』『夜の中の夜(超上のアベック)』『オリオン』『夢の4倍』『ふとん名記』といった題名が、そのまま作品の空気を示している。
電子音と歌の距離感
クレジット上のジャンル表記はElectronic、スタイルはSynth-pop、Experimental、Ambientとなっている。実際の聴感でも、電子楽器の質感がかなり重要で、曲によってはシンセの音像が先に立ち、その上に原マスミの声が置かれる構造になっている。松武秀樹が制作に関わっている点も大きく、YMO周辺で培われた電子音楽の手法が、ここではきっちり整ったテクノポップではなく、もっと歌の内部に入り込む形で使われている。
そのため、音だけを追うと冷たい印象に寄りやすいのに、実際には歌詞の言葉づかいやメロディの運びにかなり人間的な湿度がある。たとえば『月と星のドンチャ』や『僕のゴールデンタイム』のような曲では、電子的なアレンジの中に、妙に生活感のある視点が残る。シンセポップの形式を借りながら、完全には機械的にならないところがこの作品の特徴だ。
収録曲の並びが作る流れ
A面は『海で暮らす』から始まり、『夜の中の夜(超上のアベック)』『オリオン』『夢の4倍』『ふとん名記』へ進む。ここでは、イメージの飛躍がある一方で、曲ごとの温度差が大きく、ひとつの物語にまとめすぎない構成になっている。B面の『君の夢』『月と星のドンチャ』『ねじれ』『僕のゴールデンタイム』『音のある暮らし』も含め、アルバム全体が、具体的な場面と空想の断片を行き来する作りだ。
代表曲をひとつ挙げるなら、やはりタイトル曲の『夢の4倍』になる。アルバムの核に置かれた曲名であり、作品全体の方向を示す役割を持っている。夢という言葉を、ただの幻想ではなく、少し過剰で、少しずれた感覚として扱っている点が、原マスミらしい。ここでは派手なフックより、言葉の配置と音の間合いが印象に残る。
1980年代前半の文脈の中で
1984年という年は、日本ではニューウェイヴやシンセサイザーを使った作品が広がっていた時期で、YMO以降の電子音楽の影響がさまざまな形で浸透していた。本作もその流れの中にあるが、単純な流行追随ではなく、フォークや歌謡的な感覚を持つ作家が電子音を取り込んだところに面白さがある。細野晴臣や戸川純周辺の作品と並べて聴かれることがあるのも、そうした境界のまたぎ方に理由がある。
ただし、本作は外向きの実験性を誇示するタイプではない。奇抜さよりも、歌の輪郭を崩さないまま、少し変わった響きや言葉を差し込んでいく作りでまとまっている。そうしたバランスが、のちの再評価につながった部分も大きい。長く廃盤扱いだった時期があり、中古市場で探される盤として知られたのも、この独自性ゆえだろう。
原マスミという作家の初期像
原マスミは音楽活動だけでなく、絵や文章の仕事でも知られるが、『夢の4倍』にはその感覚がよく出ている。歌が単独で完結するというより、イメージの断片が曲の中で並び、そこに声が線を引いていくような作りだ。1976年からライブ活動を始め、1982年のデビューを経て発表された本作は、初期の作家性がまとまった一枚として見やすい。
現在では再発も行われており、当時のオリジナル盤を知らない世代にも届くようになった。1984年の日本のインディペンデントなポップス、電子音楽、実験歌謡の交差点に置くと、このアルバムの輪郭はかなりはっきりする。原マスミの声、松武秀樹の関与、そして夢と生活のあいだを行き来する曲作り。その三つが重なった地点にある作品として、『夢の4倍』は今も固有の存在感を保っている。
トラックリスト
- A1 海で暮らす
- A2 夜の中の夜(頂上のアベック)
- A3 オリオン
- A4 夢の4倍
- A5 フトンメイキン
- B1 君の夢
- B2 月と星のドンチャ
- B3 ねじれ
- B4 ボクの錬金時間
- B5 音のある暮らし