Tricky - Maxinquaye (1995)
Tricky『Maxinquaye』
ブリストルのサウンドシステム「ワイルド・バンチ」出身で、Massive Attackの金字塔『Blue Lines』でも異彩を放ったTricky(トリッキー)が、1995年2月に4th & Broadway(Island Records)から発表した衝撃のソロ・デビュー・アルバム。タイトルは、彼がわずか4歳のときに自ら命を絶った実母マキシン・クエイ(Maxine Quaye)の名に捧げられている。共同制作者であり最大のミューズとなった当時10代のマルティナ・トップリー=バード(Martina Topley-Bird)の妖艶なボーカルと、トリッキーの不穏なささやきが交錯する音世界は、90年代オルタナティヴ・ミュージックに激震を走らせた。
制作背景とサンプリングの錬金術
制作の大きな契機となったのは、Massive Attackに提出してボツにされたデモ「Aftermath」だった。その自主制作ホワイト盤がアイランド・レコードの創始者クリス・ブラックウェルの耳に留まり、破格のソロ契約へと結実した。
本作には彼の常軌を逸したサンプリング美学が刻み込まれている。「Overcome」ではシェイクスピアズ・シスターの「Moonchild」を引用しつつMassive Attack「Karmacoma」と同じリリックを異次元の解釈で歌い、「Hell Is Round The Corner」ではポーティスヘッド「Glory Box」と同ネタであるアイザック・ヘイズ「Ike's Rap II」の哀愁を帯びたストリングスをサンプリング。さらにスマッシング・パンプキンズ「Suffer」のギターを引用した「Pumpkin」にはアリソン・ゴールドフラップ(Alison Goldfrapp)が参加し、パブリック・エナミーのヒップホップ古典を凶暴なパンク/ロックへと換骨奪胎した「Black Steel」など、既成概念を粉砕するトラックが並ぶ。
時代の文脈と「トリップホップ」の解体
1994年のMassive Attack『Protection』やPortishead『Dummy』に続き、ブリストル発の「トリップホップ」が世界的な社会現象へと爆発した1995年の頂点を象徴する一枚である。しかしトリッキー自身はメディアが貼る安易な「トリップホップ」というレッテルを激しく嫌悪。ヒップホップ、パンク、ダブ、サイケデリック、ブルースを闇鍋のように煮詰め、都市の閉塞感、パラノイア、ジェンダー観の揺らぎを剥き出しにしたサウンドを提示した。
サウンドと聴きどころ
重力に引きずり込まれるかのように鈍く沈み込む極太のスロー・ブレイクビーツと、耳元で蠢くトリッキーの呟き、そしてマルティナ・トップリー=バードの気だるく透き通るような歌声のコントラストが圧倒的な緊迫感を生み出している。
ノイジーなギターと冷徹なビートが叩きつける「Black Steel」の破壊力から、「Overcome」の呪術的な反復、そして「Aftermath」の官能的で退廃的なチルアウトまで、全編に煙が充満した地下室のような濃密な空気が漂う。
後世への影響
本作は英NME誌の1995年「年間ベスト・アルバム」第1位を獲得したほか、メロディ・メイカー誌やセレクト誌でも年間首位を独占し、マーキュリー賞にもノミネートされた。全英アルバムチャートでも初登場3位を記録している。
ヒップホップとロック、エレクトロニクスの境界を完全に融解させたそのアプローチは、レディオヘッドが『Kid A』へと舵を切る大きな契機となったほか、後のダーク・エレクトロニカ、グライム、ポスト・ダブステップに至る広大な領域へ決定的な影響を与えた不朽のマスターピースである。
トラックリスト
- A1 Overcome
- A2 Ponderosa
- A3 Black Steel
- A4 Hell Is Round The Corner
- A5 Pumpkin
- A6 Aftermath
- B1 Abbaon Fat Tracks
- B2 Brand New You're Retro
- B3 Suffocated Love
- B4 You Don't
- B5 Strugglin'
- B6 Feed Me
動画プレイリスト
このアーティストについて
Tricky(本名Adrian Nicholas Matthews Thaws)は、1968年1月27日にイギリスのブリストルで生まれたミュージシャン/プロデューサー/俳優だ。電子音...
Tricky のプロフィール・作品一覧