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Joe Bataan(ジョー・バターン、本名:Bataan Nitollano)は、1942年11月15日生まれのラテン・ソウル/ファンク・ミュージシャンだ。ニューヨークのスパニッシュ・ハーレム(エル・バリオ)で育ち、フィリピン人の父親とアフリカ系アメリカ人の母親のもとに生まれた。黒人音楽のソウル/R&Bとプエルトリコ系コミュニティのラテン・リズム(ブーガルー、サルサ)を融合させ、自ら「ラテン・ソウル(Latin Soul)」と名付けたジャンルの頂点に君臨した「キング・オブ・ラテン・ソウル(King of Latin Soul)」である。
少年期にはストリートギャングに関わり、少年院のコックスサッキー矯正施設に収容された経験を持つ。そこで音楽理論を学び、出所後に地元でバンドを組んだ。1967年に名門ファニア・レコーズと契約し、デビュー作『Gypsy Woman』を発表。インプレッションズの楽曲をカバーした同曲が大ヒットし、Joe Bataanの名は一躍全米のストリートに轟いた。
その後も『Subway Joe』(1968年)、『Riot!』(1968年)、『Poor Boy』(1969年)、『Singin' Some Soul』(1972年)などを発表。哀愁漂うスウィート・ソウルと、熱気あふれるブーガルーのビートが融合した独自のサウンドで若者たちを熱狂させた。
ファニアを離れた後はインディー・レーベルのGhetto Recordsを立ち上げ、1973年にはアルバム『Salsoul』を発表。「Salsa」と「Soul」を掛け合わせたこの造語は、後にケネス・ケイリス兄弟が設立した伝説的ディスコ・レーベル「Salsoul Records」の名前の起源となった。
Joe Bataan自身もSalsoul Recordsと契約し、名盤『Afrofilipino』(1975年)をリリース。ギル・スコット・ヘロンのカバー「The Bottle」や名曲「Ordinary Guy」のセルフリメイクで大ヒットを収めた。
1979年末には、シュガーヒル・ギャングの「Rapper's Delight」とほぼ同時期に、ディスコ・ラップの先駆けとなるシングル「Rap-O Clap-O」を発表。ヨーロッパ各国でチャート上位に入る大ヒットとなり、ヒップホップ黎明期においてラップをいち早くポップ・チャートに送り込んだパイオニアの一人となった。
モータウンやフィリー・ソウル直系の洗練されたメロディと、コンガ、ティンバレス、ブラスセクションが牽引するアフロ・キューバンなグルーヴの融合が最大の武器だ。人種や文化の境界を越えたニューヨーク・ストリート・カルチャーの象徴として、現在も世界中のソウル/レア・グルーヴ/ヒップホップ愛好家から神格化されたリスペクトを集めている。