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レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)は、1968年にロンドンで結成された英国のロック・バンド。ジミー・ペイジ(ギター)、ロバート・プラント(ヴォーカル)、ジョン・ポール・ジョーンズ(ベース/キーボード)、ジョン・ボーナム(ドラムス)の4人によって構成され、1970年代のロック・シーンの頂点に君臨した。ブルース、ハード・ロック、ブリティッシュ・トラッド・フォーク、ケルト音楽、ファンク、東洋音階を融合させた革新的な音楽性と、圧倒的なライヴ・パフォーマンス、巨大スタジアム・ツアーの確立によって、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルの原典にして20世紀ポピュラー音楽史上屈指の巨星として語り継がれている。
バンドの母体となったのは、エリック・クラプトン、ジェフ・ベックを輩出した名門バンド、ザ・ヤードバーズ(The Yardbirds)である。バンドの末期を支えていた天才セッション・ギタリストのジミー・ペイジは、1968年夏のバンド空中分解を受け、残されたスカンジナビア公演の契約を果たすため新グループ結成に動いた。
凄腕セッション・ミュージシャンとして旧知の仲だったマルチ奏者ジョン・ポール・ジョーンズが合流し、ボーカルには当時バーミンガム周辺で無名ながら驚異的なハイトーンを誇っていたロバート・プラントを抜擢。さらにプラントの強い推薦により、怪物的なパワーとグルーヴを併せ持つドラマー、ジョン・ボーナムが加入した。当初「ニュー・ヤードバーズ」名義でツアーを行った彼らは、ザ・フーのキース・ムーンによる「鉛の風船のように墜落する(Lead Balloon)」という冗談から着想を得て、「Led Zeppelin」へと改名した。
敏腕マネージャーのピーター・グラント(Peter Grant)による強力な主導のもと、シングル中心のプロモーションを拒否してアルバムとライヴ活動に特化する戦略を展開。1969年のデビュー作『Led Zeppelin』で戦前ブルースの破壊的再構築を提示し、同年の『Led Zeppelin II』では「Whole Lotta Love(胸いっぱいの愛を)」をはじめとするヘヴィなリフとダイナミックなリズムで全米・全英1位を奪取した。
続く『Led Zeppelin III』(1970年)では、ウェールズの山荘ブロン・イ・アーでの作曲合宿を経て英国伝統フォークやアコースティック・サウンドへ大胆に接近。そして1971年、ロック史上に燦然と輝く名盤『Led Zeppelin IV(無題)』を発表する。ハード・ロックとアコースティックの完璧な融合を極めた「Stairway to Heaven(天国への階段)」は、時代を象徴する不滅のアンセムとなった。
その後も彼らは進化を止めず、ファンクやレゲエの要素を大胆に取り入れた『Houses of the Holy(聖なる館)』(1973年)、自主レーベル「スワン・ソング(Swan Song Records)」の設立を経て発表した壮大な2枚組大作『Physical Graffiti』(1975年)など、次々と金字塔を打ち立てた。
ライヴにおいては、即興演奏を繰り広げる長尺のインプロヴィゼーション、ジミー・ペイジのヴァイオリン弓奏法やダブルネック・ギター、ロバート・プラントの神秘的でカリスマ的な佇まい、ジョン・ポール・ジョーンズの多彩なキーボード・ワーク、そしてジョン・ボーナムの地響きのようなドラム・ソロが一体となり、全米の巨大スタジアムを熱狂で埋め尽くした。
1980年9月25日、全米ツアーのリハーサル期間中にドラマーのジョン・ボーナムが32歳で急逝。替えの利かない唯一無二のアンサンブルを失ったバンドは、メンバーの補充を拒否し、同年12月4日に潔く解散を声明した。
解散後も彼らの音楽は色褪せることなく、クイーン、エアロスミス、アイアン・メイデン、メタリカからニルヴァーナ、サウンドガーデンに至るまで、後続のハード・ロック、ヘヴィ・メタル、グランジ、オルタナティヴ・ロックのほぼすべての世代に決定的な影響を与え続けている。特にジョン・ボーナムのドラミングはヒップホップ界(ビースティ・ボーイズ等)でも無数にサンプリングされ、4人の生み出したグルーヴは現代音楽の不滅の規範となっている。