Rush

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Rush

Rushとはどんなバンドか

Rushは、1968年にカナダ・トロントで結成されたロック・バンドだ。プログレッシヴ・ロックとハード・ロックを軸に、時期によってシンセサイザーやニュー・ウェイヴ、レゲエの要素も取り入れてきた。

長く知られている編成は、Geddy Lee、Alex Lifeson、Neil Peartの3人だ。初期にはJohn Rutseyがドラムを担当しており、2025年以降の再始動ではAnika Nillesがツアー参加メンバーとして加わっている。なお、Alex Lifesonの本名はAleksandar Živojinovićで、Geddy LeeはGary Lee Weinribとして生まれている。

結成からデビューまで

Rushは1968年8月、トロントのウィロウデール地区で始まった。最初のメンバーは、ギターのAlex Lifeson、ドラムのJohn Rutsey、ベースとヴォーカルのJeff Jonesの3人だった。最初のライヴの直後にJonesが抜け、1968年9月にGeddy Leeが加入する。LeeはLifesonの幼なじみだった。Leeの両親はポーランド出身のユダヤ人のホロコースト生存者で、アウシュヴィッツなどの強制収容所を生き延びてカナダへ移住した。「Geddy」という名前は、母親がポーランド訛りで「Gary」と発音していたのを友人たちが真似たのが始まりだという。Lifesonは、ユーゴスラビアからのセルビア系移民の子として生まれている。

バンド名の「Rush」は、Rutseyの兄Billの提案によるものだという。1971年にオンタリオ州で飲酒年齢が18歳に下がったことで、バーやクラブでの演奏機会が増えた。Leeは、これでバンドがプロになったと振り返っている。レーベル契約がまとまらなかったため、マネージャーのRay DannielsがMoon Recordsを立ち上げ、1973年にBuddy Hollyのカバー「Not Fade Away」でデビューした。

1974年3月にはデビュー・アルバム『Rush』を発表する。プロデューサーのTerry Brownとの関係は、この作品から約10年続く。初回プレス3,500枚は売り切れたが、転機になったのはアメリカのラジオだった。クリーヴランドのラジオ局WMMSのDJ、Donna Halperが「Working Man」をオンエアしたことで、カナダ盤の輸入盤に注文が殺到し、Mercury Recordsとの契約につながった。アメリカ盤は彼女に捧げられている。

Neil Peart加入とプログレ路線の定着

1型糖尿病を抱えていたJohn Rutseyは、体調の問題と、プログレッシヴ・ロックに向かいたいLeeやLifesonとの音楽的な違いから、1974年7月25日のライヴを最後に脱退した。その4日後の7月29日、5人のドラマーのオーディションを経てNeil Peartが加入する。初のアメリカ・ツアーのわずか2週間前のことだった。Peartはドラムだけでなく作詞も担当し、ここからGeddy Lee、Alex Lifeson、Neil Peartの3人編成が長く続く。

1975年の『Fly by Night』はカナダで9位を記録した。一方で、同年の『Caress of Steel』は長尺曲を含む構成が受け入れられず、セールスも伸び悩んだ。会場も小さくなっていったツアーは「Down the Tubes Tour(どん底ツアー)」と呼ばれた。Mercuryは契約打ち切りも検討したが、Ray Dannielsがもう1枚だけ認めさせた。Leeは当時を「自信が揺らいだ。混乱して、すっかり落ち込んでいた」と振り返っている。

『2112』は、20分に及ぶ7部構成の組曲をA面に置いたアルバムだ。個人主義と創造性が抑え込まれた未来社会を描く内容で、Rushの代表作のひとつとして定着している。カナダで5位、全米では初めてトップ100(61位)に入り、カナダではバンド初のダブル・プラチナとなった。今ではRushで2番目に売れたアルバムである。

物語がアイン・ランドの中編『Anthem』と似ていたため、Peartはライナーにランドへの謝辞を記した。英NMEのBarry Milesはこれを根拠にバンドをファシストと非難したが、ホロコースト生存者の子であるLeeは「反全体主義、反ファシズムの物語」だと反論している。Peartは2012年のRolling Stoneのインタビューで、若い頃に必要だった白黒はっきりした道徳的な明快さをランドが与えてくれたと語った。そのうえで、今の自分は「bleeding heart libertarian(心優しいリバタリアン)」だとして、ランドの思想から距離を置いている。同じ1976年には、トロントのマッシー・ホールで録音したライヴ盤『All the World's a Stage』で、初めて全米トップ40に入った。

70年代後半から80年代前半の展開

『A Farewell to Kings』(1977年)と『Hemispheres』(1978年)はウェールズで録音された。「Closer to the Heart」は全英36位となり、イギリスでの初ヒットになった。

1980年の『Permanent Waves』では、レゲエやニュー・ウェイヴの要素が入る。「The Spirit of Radio」は全英13位を記録し、このツアーはバンドにとって初めて黒字になった。続く『Moving Pictures』(1981年)は、Rushの代表作としてよく挙げられるアルバムだ。Max Websterの作詞家Pye Duboisの詞をもとにした「Tom Sawyer」や、インストの「YYZ」、「Limelight」を収め、カナダで初の1位、全米3位を記録した。アメリカでは5×プラチナに認定され、バンド最大のヒット作となっている。

シンセサイザーを前面に出した時期

『Signals』(1982年)ではシンセサイザーが前面に出て、カナダで2度目の1位、全米10位を記録し、「New World Man」がヒットした。方向性をめぐる緊張から、1983年には長年のプロデューサーTerry Brownと別れている。

ヘミングウェイの言葉から名を取った『Grace Under Pressure』(1984年)では、Neil PeartがSimmonsの電子ドラムを使い始めた。このツアーでRushは1984年に唯一の来日公演を行っている。続く『Power Windows』(1985年)はカナダ2位、全英9位、全米10位。『Hold Your Fire』(1987年)は全米13位だったが、アメリカではゴールド止まりとなり、それまで続いていたプラチナ認定が途切れた。

90年代以降のギター回帰と活動再開

1989年、RushはMercuryからAtlanticへ移籍する。Rupert Hineのプロデュースによる『Presto』(1989年)と『Roll the Bones』(1991年)では、シンセの比重を下げてギター中心の方向へ戻った。『Roll the Bones』は全米3位、『Counterparts』(1993年)は全米2位を記録し、「Stick It Out」は全米メインストリーム・ロック・チャートで1位になった。

『Test for Echo』(1996年)のツアー後、Neil Peartを悲劇が襲う。1997年8月に娘のSelenaを交通事故で、1998年6月に妻のJacquelineをがんで亡くしたのである。PeartはBMWのバイクで北米を走る旅に出て、その体験を著書『Ghost Rider: Travels on the Healing Road』にまとめた。2000年9月に写真家のCarrie Nuttallと再婚し、2001年にバンド復帰を決め、2002年の『Vapor Trails』でスタジオ作に戻る。この作品は『Caress of Steel』以来、キーボードを使わないアルバムでもある。このツアーでは初めてブラジルとメキシコで公演し、サンパウロでは6万人を集めた。

2008年には『The Colbert Report』に出演し(アメリカのテレビへの出演は30年以上ぶりだった)、2009年には映画『I Love You, Man』に本人役で登場した。2010年にはドキュメンタリー『Rush: Beyond the Lighted Stage』がトライベッカ映画祭で観客賞を受賞し、同年にハリウッド・ウォーク・オブ・フェームの星も得ている。

晩年の評価と終幕、そして2025年の再始動

2010〜11年のTime Machine Tourでは『Moving Pictures』を全曲演奏した。2012年の『Clockwork Angels』はカナダ1位、全米2位を記録し、2013年4月18日にはロックの殿堂入りを果たしている。プログレッシヴ・ロックが冷遇されていると批判されてきた殿堂へのノミネートについて、Lifesonは「まったく気にしていない」と語っていた。

2015年のR40ツアーは、デビュー40周年とNeil Peartの在籍40年を記念したものだった。Peartは同年12月に引退を表明し、2018年1月にはAlex LifesonがRushの活動が実質的に終わったと語っている。R40ツアーは最後の大規模ツアーとなった。Peartは3年半に及ぶ膠芽腫との闘病の末、2020年1月7日に67歳で亡くなった。

その後、2025年10月6日にGeddy LeeとAlex Lifesonが、Anika Nillesを迎えたFifty Something Tourを発表した。当初12公演だった予定は58公演まで増えた。キーボードにはLoren Goldも加わり、1972年以来の4人編成になっている。2026年3月29日にはJuno Awardsにサプライズで登場し、デビュー作の「Finding My Way」を演奏した。

Rushの音楽的特徴

Rushの特徴としてまず挙がるのは、3人編成でありながら音数が多いことだ。Geddy Leeはベースとヴォーカルに加えてキーボードやMoog Taurusのベース・ペダルも担当し、演奏面での役割がかなり大きい。高音の歌声は初期に批判の的で、New York Timesの評は「説教をするマンチキン」と書いた。一方でベースが批判されることはほとんどなく、本人は影響を受けた人物としてJack Bruce、Chris Squire、John Entwistleを挙げている。

Alex Lifesonは、リフ、エフェクト、独特のコード構成で知られる。Jimi Hendrix、Pete Townshend、Jimmy Pageの影響を受けつつ、80年代にはAllan Holdsworth、Andy Summers、The Edgeからの刺激も反映している。Neil PeartはKeith Moon、Ginger Baker、John Bonhamなどを吸収し、ドラミングだけでなく作詞でもバンドの方向を決めた。

初期の歌詞はSFやファンタジーが中心だったが、1980年以降は社会、感情、人道的なテーマへ移っていく。AllMusicはPeartを「ロックで最も優れた作詞家のひとり」と評している。

影響を受けた側と評価

Rushは後続のロックやメタルに大きな影響を与えてきた。Geddy LeeはSteve Harris(Iron Maiden)、John Myung(Dream Theater)、Les Claypool(Primus)、Cliff Burton(Metallica)に影響を与えた。Trent Reznorは、80年代初めのRushのキーボードやシンセの使い方がハード・ロックに影響を与えたと語っている。

影響を公言しているアーティストには、Metallica、Megadeth、Tool、Smashing Pumpkins、Pearl Jamなどがいる。アメリカでのアルバム売上は約2,700万枚、世界では4,000万枚以上とされる。ロック・バンドによるゴールドまたはプラチナのスタジオ・アルバム連続記録では、The Beatles、The Rolling Stonesに次ぐ3位に入っている。1996年には3人そろってカナダ勲章(オフィサー)を受けた。

ジャンル・スタイル

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