Anita Baker - Rapture (1986)
Anita Baker『Rapture』について
Anita Bakerの『Rapture』は、1986年のリリースを代表するR&B/ソウル作品のひとつだ。デトロイト出身のシンガーで、低音域の厚みを持つコントラルトを武器にしてきたBakerにとって、この2作目のアルバムは一気に存在感を広げた作品でもある。前作『The Songstress』で築いた評価を、より大きな市場へ押し出したのがこの盤で、Elektraからのリリースという点も含めて、彼女のキャリアの転機として見やすい。
発売時の背景
『Rapture』は1986年3月20日発売。Beverly Glen Musicとの契約が残っていたため、発売をめぐって差し止めを求める訴訟が起こったが、1986年3月19日にBaker側が勝訴し、その翌日に本作が世に出た、という経緯が残っている。アルバムの発売そのものに法律問題が絡んだ一枚で、作品の外側にもはっきりしたドラマがある。
制作の中心は、Chapter 8時代からBakerと関わってきたMichael J. Powell。収録曲の大半を手がけており、アルバム全体の統一感を支えている。「No One In The World」だけはMarti SharronとGary Skardinaの共作で、ほかの曲とは少し違う手触りを持つ。録音は主にカリフォルニア州グレンデールのYamaha R&D Studio、追加録音にデトロイトのUnited Sound Systems、ミックスもYamaha R&D Studioで行われている。「No One In The World」はMusic Grinder Recording Studioで録音・ミックスされ、のちにYamaha R&D Studioで再ミックスされた。
音の印象
このアルバムでまず目立つのは、楽器の数を増やして厚くするというより、音の置き方を整理して歌を前に出している点だ。ベース、ドラム、キーボード、ギターの配置がきっちりしていて、Bakerの声がその上に乗ると、曲の輪郭がくっきり見える。ファンクの要素はあるが、リズムで押し切るよりも、テンポを抑えた曲の中でフレーズを長く聴かせる作り。クワイエット・ストームの代表作として語られるのも、こうした設計に理由がある。
聴感上の中心はやはり「Sweet Love」だ。シングルとしても広く知られ、アルバムの顔になっている曲で、歌い出しからフレーズの運びまで、Bakerの声の太さと滑らかさがそのまま曲の推進力になっている。続く「Caught Up in the Rapture」も含め、メロディを引っ張るというより、言葉の切れ目や息継ぎまで含めて曲が進む感じがある。派手な転調や過剰な装飾に寄らず、歌そのものの重みで持たせる構成。
収録曲とクレジット
収録曲の著作権表記を見ると、Jobete Music、Almo Music、WB Music、Baker's Tuneなど複数の出版社が関わっている。A1からB3まで曲ごとに権利表記が分かれていて、当時のソウル/R&B作品らしい実務的なクレジットの積み重ねが見える。内袋には歌詞が印刷されており、歌詞を追いながら聴く前提の作りになっている。
演奏面では、Vernon FailsとDavid WashingtonがYellow Rose Productions提供、Paulinho da CostaがPablo Records提供、Jimmy HaslipとRicky LawsonがWarner Bros. Records提供となっている。こうしたゲスト/参加ミュージシャンのクレジットも、80年代中盤のR&B作品らしい制作体制を感じさせる。マスタリングはBernie Grundman Studios。
チャートと評価
『Rapture』はBillboard R&B Albumsで1位、Billboard 200でも11位を記録し、全米で500万枚以上、世界で800万枚以上を売り上げた。1987年のグラミー賞では本作が最優秀女性R&Bボーカル・パフォーマンス賞を受賞し、「Sweet Love」も最優秀R&B楽曲賞を受けている。商業的な成功と評価が同時に進んだアルバムで、Anita Bakerの代表作として扱われるのも自然な流れだ。
同時代のR&Bを見ても、『Rapture』はシンセや打ち込みの比率を上げた作品群とは少し距離がある。70年代ソウルの流れを引きながら、80年代の録音の明瞭さを取り込んだ作りで、後のコンテンポラリーR&Bやスムース寄りのソウルに接続する地点にも置ける。Bakerの声を中心に、演奏を過不足なく整えるやり方は、その後の女性R&Bシンガーたちと並べて語られることも多い。
US盤の仕様
このUS盤はElektraのカタログ番号9 60444-1。1980年代のElektraらしい赤と黒のラベル時代の一枚で、SPARの刻印はSpecialty Records Corporationでメタル工程が行われたことを示している。AR表記はAlliedプレスを意味する。オリジナル1986年盤としての性格がはっきりしたプレスで、後年の再発盤と比べると、当時のリリース環境や工場情報まで含めて時代性が残る。
『Rapture』は、Anita Bakerの歌を「上手い」で終わらせず、曲の構造そのものを支える力として提示した作品だ。ヒット曲の強さ、制作陣の手堅さ、録音の整理された響き、その全部が同じ方向を向いている。80年代R&Bの中でも、歌を中心に据えたアルバムとして印象が残る一枚。
トラックリスト
- A1 Sweet Love 4:26
- A2 You Bring Me Joy 4:24
- A3 Caught Up In The Rapture 5:07
- A4 Been So Long 5:07
- B1 Mystery 4:56
- B2 No One In The World 4:10
- B3 Same Ole Love 4:05
- B4 Watch Your Step 4:54