カルメン・マキ&Oz - 閉ざされた町 = Tozasareta Machi (1976)
Carmen Maki & Oz 1976

カルメン・マキ&Oz - 閉ざされた町 = Tozasareta Machi (1976)

Rock Classic Rock

カルメン・マキ&Oz『閉ざされた町 = Tozasareta Machi』

カルメン・マキ&Ozのセカンド・アルバム『閉ざされた町』は、1976年7月10日にキティ・レーベルから発売された。1972年結成の東京のバンドによる作品で、女性ボーカルを中心に据えたハードなロック・バンドとして活動していた時期の1枚になる。

制作背景とエピソード

本作は、アメリカ・ロサンゼルスで約4か月をかけて制作された。春日博文が作曲と編曲を担ったとされ、サウンドとアレンジの最終責任者でもあったという。後年の回想では、春日が仕上げに立ち会えなかったことを惜しんだとも伝えられている。制作の長さや場所も含めて、当時の日本のロック作品としてはかなり手の込んだ経緯を持つアルバムだ。

カルメン・マキ自身は後年、「閉ざされた町」や「六月の詩」の歌詞について、書き手の加治木剛が自分のことを深く理解していたように感じたと述べている。曲ごとの内容にまで踏み込んだ回想が残っているのも、この作品の特徴のひとつ。

また、批評や紹介では、前作の大作路線を引き継ぎつつ、キーボード加入によってサウンドに厚みが出たこと、そしてマキのボーカルにやわらかさが加わったことが指摘されている。TAP the POPは、前作の成功後もツアー体制が整えられる一方で、本作は売れ行きが伸び悩んだと記しているが、内容面では力作として扱っている。

時代の文脈

1970年代半ばの日本では、フォーク由来のニュー・ミュージックが主流だった。そのなかでOZは、女性ボーカルが日本語で歌うハードなロックとして、かなり目立つ存在だった。1975年にはジェフ・ベック・グループやグランド・ファンク・レイルロードの来日公演で前座を務めており、ロック・バンドとしての場数を重ねていた時期でもある。

『閉ざされた町』は、1作目の大きな成功の延長線上に置かれながら、より重厚で内向的な空気を帯びた作品として紹介されることが多い。カルメン・マキは後年、OZを「奇跡」と呼び、唯一無二の音楽だったと振り返っている。バンドの活動期間が1977年10月までだったことを踏まえると、本作はその中盤に位置する重要なアルバムとして見えてくる。

後世への影響

確認できる範囲では、「私は風」のカバーがよく知られている。カルメン・マキ自身の回想や解説記事では、この曲は後にさまざまな歌手・ミュージシャンに取り上げられ、とくに中森明菜による版が有名とされている。アルバム全体への直接的なサンプリングや、明確な影響関係については今回の範囲では拾えていない。

発売当時の具体的なチャート順位は見当たらないが、売上については前作ほど伸びなかったと伝えられている。一方で、現在は再評価の対象として語られることが増えている。『閉ざされた町』は、カルメン・マキ&Ozの活動のなかでも、制作の経緯と曲ごとの背景がはっきり残る作品として印象に残る一枚だ。

トラックリスト

  1. A1 Introduction
  2. A2 崩壊の前日
  3. A3 振り子のない時計
  4. A4 火の鳥
  5. B1 Lost Love
  6. B2 閉ざされた町
  7. B3 Epilogue

動画プレイリスト

公開: 2026年10月
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