Clairo - Sling (2021)
Clairo『Sling』レビュー
Clairoの『Sling』は、2021年にリリースされた2作目のスタジオ・アルバムだ。2017年の「Pretty Girl」で注目を集め、2019年の『Immunity』でアルバム・アーティストとしての輪郭を固めた彼女が、その次に出した作品である。前作のベッドルーム・ポップ的な親しみやすさから一歩進み、より落ち着いたテンポと編成で、内省の度合いを強めた内容になっている。リリースはRepublic Records系で、FADER Label経由のライセンス作品として出ている。
制作の背景と作品の位置づけ
『Sling』は、Jack Antonoffと組み、ニューヨーク州のAllaire Studiosを中心に制作された。山の中のスタジオにこもって作業したことが、作品全体の空気にそのまま反映されている。都会的な熱量よりも、部屋の中で一人考え込む時間の密度が前に出る。Clairoにとっては、バイラルヒットの時期を経て、単発の話題性ではなく、アルバムという形で自分の視点を整理した作品として読める。
音の作りは、キーボードを軸にした60〜70年代のソフトなポップ、フォーク寄りの感触が中心。作品の参照先としては、The Zombiesの『Odessey and Oracle』、Carole King、Nilssonの名前が挙がることが多い。実際、旋律の運びやコード感には、古いポップ・アルバムの端正さがある一方で、歌詞の主題はかなり現在的だ。家庭、身体、将来像、他人との距離感といった話題が、静かな音像の中でじわじわと出てくる。
「Blouse」と「Reaper」にある中心テーマ
アルバムの入口として印象に残るのが「Blouse」だ。体だけを見られていることへの違和感を、直接的な言葉ではなく、視線の重さとして落とし込んでいる。ここでのClairoの歌い方は、感情を強く押し出すというより、少し距離を置いたまま痛みを置いていく形。Lordeがバッキング・ボーカルで参加している点も話題になった。同じ年、ClairoはLordeの「Solar Power」にもコーラス参加しており、相互の客演になっている。
続く「Reaper」や「Zinnias」では、母性や家庭への意識がよりはっきりする。タイトルの「Sling」は抱っこ紐を指し、愛犬Joanieを迎えたことをきっかけに、自分の中にある「世話をする側」の感覚や、未来の生活への思いが曲作りにつながったという流れがある。「Zinnias」では、スリングに赤ん坊を入れて目覚める未来像が描かれ、アルバム全体の中心にある生活感が見えてくる。ここでは大きなドラマよりも、日常の具体物が感情の器になっている。
サウンドと聴き心地
『Sling』の聴き心地は、派手さよりも層の薄さと余白にある。ギターを前面に押し出す場面は少なく、ピアノ、オルガン、やわらかいリズムが曲の輪郭を作る。録音クレジットを見ると、Allaire Studios、Clubhouse Studios、Electric Lady Studios、Sarm Studiosなど複数の環境が使われていて、質感の違いが細部に出ている。曲ごとに空気の抜け方が少しずつ違い、アルバムとしては静かに流れるのに、単調にはなりにくい作りだ。
実際に聴くと、音の隙間が目立つ。声の近さ、言葉の置き方、和音の進み方が前に出て、リズムで引っ張る場面は少ない。結果として、聴き手はメロディよりも言葉の温度や、フレーズの間にある沈黙を拾いやすい。派手な展開は少ないが、そのぶん各曲の輪郭ははっきりしている。
アルバムとしての反応と評価
『Sling』はBillboard 200で17位を記録し、Clairoにとって初のトップ20入りになった。また、Billboard Alternative Albumsでは1位を獲得している。『Immunity』で見えた個人性を、そのまま拡張するのではなく、より抑制された形に組み替えた点が、この反応につながったのだろう。インディー・ポップやフォークの文脈に置かれつつも、単なる回帰ではなく、若い世代のシンガーソングライターが私的な話題をアルバム単位で扱う流れの中にある作品として見やすい。
レコード盤について
この盤は2021年のUS/EU盤で、インディー限定のダークグリーン盤も出ている。ゲートフォールド仕様で、歌詞とクレジットを載せたカスタム・インナー・スリーブ付き。アートワークの見せ方も含めて、作品の静かなトーンに合ったパッケージだ。さらに、Assai Records向けに手書き番号入りの日本式帯付き仕様も用意されており、コレクション性の高い展開もあった。レーベル表記はRepublic Records、制作クレジットにはClairo RecordsとFADER Labelの流れが見える。
『Sling』は、Clairoが一過性の注目株ではなく、アルバムごとに表現の重心を変えられるアーティストだと示した一枚だ。静かな曲が多いのに、テーマはかなり切実。その落差が、この作品の印象を長く残す。
トラックリスト
- A1 Bambi
- A2 Amoeba
- A3 Partridge
- A4 Zinnias
- A5 Blouse
- A6 Wade
- B1 Harbor
- B2 Just For Today
- B3 Joanie
- B4 Reaper
- B5 Little Changes
- B6 Management