Karat - Über Sieben Brücken (1979)
Karat『Über Sieben Brücken』について
東ドイツのロックバンド、Karatが1979年に発表した『Über Sieben Brücken』は、彼らのキャリア初期を代表するアルバムのひとつだ。タイトル曲「Über sieben Brücken mußt du gehn」は、もともとテレビ映画のために用意された主題歌で、作家・脚本家のヘルムート・リヒターが先に歌詞を書き、キーボーディスト兼作曲者のEd Swillmsがそのテキストを曲にしたものだった。バンド側の証言では、曲は「かなり早く」形になり、映画音楽として生まれた素材がそのまま代表曲へ育っていったという。
制作背景と録音の経緯
録音は1977年の年末年始、ベルリン・グリューナウのスタジオで、テレビ中継車を伴う厳しい技術条件のもとで最初に行われたとされる。その後、1978年にアムィーガのプロデューサー、ユルゲン・ラールツの指揮でアルバム用に再録され、1979年にLPとして発売された。つまり、この作品は一度きりの録音で完成したのではなく、段階を踏んでアルバム版へ整えられた流れがある。
作品の核になっているのは、やはり「Über sieben Brücken mußt du gehn」。この曲はKaratの中でも特に重要な位置を占め、後年の受容まで含めてアルバム全体の印象を決める中心曲になっている。なお、同曲はのちに西ドイツでピーター・マファイがカバーし、別の形でも広く知られることになった。
時代の文脈と作品の位置
1979年の『Über Sieben Brücken』は、東ドイツのロックがメッセージ性のある歌詞と親しみやすいポップ性を両立させていた時期の作品として紹介されている。Karatにとっては二作目のLPで、すでに1978年には「König der Welt」がDDRのヒット・リストで1位、「Über sieben Brücken」が2位を記録していた。アルバム発表時点で、バンドの名前は国内でかなり強く意識されていたことになる。
同年、このLPは西ドイツでもほぼ同内容で『Albatros』として発売された。東側のオリジナルと西側の別タイトル盤が並行して存在した点も、この作品の特徴だ。さらに1979年はKaratが初めて西ドイツ公演へ進んだ年でもあり、バンドの活動範囲が広がっていく節目でもあった。
後世への広がり
このアルバムでいちばん大きな後年の動きは、やはり「Über sieben Brücken mußt du gehn」のカバーだろう。1980年にピーター・マファイが取り上げ、西ドイツのチャートでヒットしたことで、原曲の知名度も大きく広がった。のちには西側でも「Karat=この曲」という認識が広まり、原曲が再評価されていく流れにつながったとされる。
アルバム自体については、紹介記事で「すぐに売り切れた」とされているほか、1978年のシングルがDDR年次ヒット・リストで上位に入ったこと、1981年の再発売で西側チャートに入ったことなど、数字の面でも動きが確認できる。とはいえ、この作品の中心にあるのはやはり、テレビ映画用に始まった一曲がバンドの代表曲へ育ち、その後のカバーでさらに広がっていったという流れだ。
トラックリスト
- A1 Introduktion 1:23
- A2 He Mama 3:20
- A3 Blues 2:42
- A4 Wilder Mohn 4:10
- A5 Musik Zu Einem Nicht Existierenden Film 2:50
- A6 Auf Den Meeren 6:00
- A7 Das Was Ich Will 1:00
- B1 Gewitterregen 4:20
- B2 Albatros 8:15
- B3 Wenn Das Schweigen Bricht 5:10
- B4 Über Sieben Brücken Mußt Du Gehn 3:10
動画プレイリスト
このアーティストについて
Karat(カラット)は、1975年に旧東ドイツ(ドイツ民主共和国・GDR)の東ベルリンで結成されたプログレッシブ・ロック/ポップ・ロック・バンド。「オ...
Karat のプロフィール・作品一覧