Steven Halpern - Christening For Listening (A Soundtrack For Every Body) (1975)
Steven Halpern『Christening For Listening (A Soundtrack For Every Body)』
スティーヴン・ハルパーンが1975年に自主レーベルのSound Principle Recordsから発表したデビュー・アルバム(カタログ番号:MAP 2003)で、のちに再構成・再発された代表作『Spectrum Suite』の原型にあたる1枚。ニューヨークでトランペットやギターの奏者としてジャズ/インプロヴィゼーションの現場を経験したハルパーンは、1960年代後半にカリフォルニアへ移住。サンタクルーズ山脈のレッドウッドの森(Bridge Mountain Foundation)での瞑想中に「自らが奏でてもいないのに頭の中で音楽が鳴り響く」という神秘体験を得たことをきっかけに、1969年頃からリラクゼーションと意識の調和のみを目的とした音楽の探求を始め、本作でその構想を初めてレコードとして結晶化させた。
制作背景・録音の経緯
ハルパーンは録音にあたり、ソノマ州立大学の人間性心理学研究所(Humanistic Psychology Institute)でスタンリー・クリプナー博士らとともに脳波(EEG)やガルバニック皮膚反応(GSR)、さらに生体エネルギー場のコロナ放電を捉えるキルリアン写真を用いた実験を行い、音の周波数や音色が人間の生体リズム・自律神経・チャクラに与える影響を科学的に検証した。レコーディングはカリフォルニア州メンローパークのThe Music Annexで行われ、エンジニアはDave Porter。リミックスはAccurate SoundでPorterとHarn Soperが担当し、マスタリングはAllen Zentzが手がけた。演奏面では、ハルパーン自身がフェンダー・ローズ・エレクトリック・ピアノ、ベース、トランペット、ギターを多重録音でこなし、同じくニューエイジ音楽の創始者の一人であるIasosが「Eclectric Electric Flute(エレクトリック・フルート)」、El Sitoがパーカッションで参加している。
とくにこの1975年の初回プレス盤(1stバージョン)のB3「Something For Every Body Suite」(ラベル表記は「Something For Every Body Suite」、裏ジャケット表記は「Subtle Body Suite」)は、レコード史的にも重要なトラックだ。この曲にはドラム、ベース、ギター、トランペット、そしてIasosのフルートによるジャズ・ファンク・セッションが収められていたが、購入者から「A面で深い瞑想状態に入ったのに、B面最後のグルーヴで現実に引き戻されてしまう」という声が寄せられたため、同年のセカンド・プレス(カタログ番号:SP 751)および後の『Spectrum Suite』では、これらの楽器を排した静謐な楽曲へと差し替えられた。
時代の文脈
1975年当時、まだ「ニューエイジ・ミュージック」というジャンル名称もレコード店内の専用コーナーも存在していなかった。カリフォルニアのヒューマン・ポテンシャル運動(人間性回復運動)やホリスティック・ヘルス、ヨガ、瞑想文化の広がりを背景に、ハルパーンは自らの音楽を現代社会の過剰な刺激に対する「Anti-Frantic Alternative(焦燥に抗うオルタナティヴ)」と定義した。既存のレコード流通網からは「メロディもビートもサビもない音楽は売れない」と門前払いされたため、彼は健康食品店、ヨガのカンファレンス、スピリチュアル系書店、マッサージ・セラピストや代替医療のネットワークを通じて手売りや委託販売を行う独自のオルタナティヴ・マーケティングを開拓していった。
同年には、本作にも参加したIasosの『Inter-Dimensional Music』(1975年)やブライアン・イーノの『Discreet Music』(1975年)も発表されており、アンビエント/ニューエイジの源流が同時多発的に立ち上がった1975年という転換点を象徴するプライベート・プレス盤となっている。
サウンドと聴きどころ
A面全体を費やした25分25秒の組曲「Spectrum Suite」は、西洋音楽の伝統的な和声進行(緊張と解決)や規則的なビートを意図的に排除し、倍音豊かなフェンダー・ローズのサステイン音が空間に漂う「フリー・フローティング(浮遊する)」構造をとっている。人体に備わる7つのチャクラと虹の7色(赤・橙・黄・緑・青・藍・紫)にハ長調の7つの音階(C・D・E・F・G・A・B)を対応させ、第1チャクラ(Keynote C: Red)から第7チャクラ(Keynote B: Violet)へと緩やかに上昇していくサウンドは、聴き手の脳波をアルファ波やシータ波へと導く音響処方箋として設計されている。
B面では、微細な揺らぎと余白を活かした「Be-Muse-Ment」、倍音の共鳴が意識を広げる「Trans-Pan Dance」に続き、初回プレスのみの「Something For Every Body Suite」が展開される。この最終曲ではハルパーンのルーツであるジャズ・トランペット奏者/ギタリストとしての側面が前面に出ており、うねるベースラインとタイトなドラム・ブレイク、フェンダー・ローズのメロウなコード、Iasosのサイケデリックなエレクトリック・フルートが絡み合うスピリチュアル・ジャズ・ファンク/レア・グルーヴとなっている。静謐なA面との鮮やかなコントラストこそが、この初回盤ならではの聴きどころだ。
後世への影響と評価
本作とそれを母体とした『Spectrum Suite』は、後にMTVから「最初のニューエイジ・アーティスト」と称されたハルパーンの原点であり、口コミと代替流通網を通じてロングセラーを記録し、自主レーベル全体で10年間に100万枚以上を売り上げる巨大市場の礎を築いた。『Billboard』誌のJohn Dilibertoは、この作品とハルパーンの自主流通手法が「ニューエイジ市場そのものを開拓した」と評している。ハルパーンは1989年の第1回国際ニューエイジ・ミュージック・カンファレンスでクリスタル・アワードを受賞し、後年の『Deep Alpha』(2012年)ではグラミー賞最優秀ニューエイジ・アルバム賞にもノミネートされた。
さらに、2013年にLight In The Atticから発表されたコンピレーション『I Am The Center: Private Issue New Age Music In America 1950-1990』をはじめとする近年のアンビエント/ニューエイジ再評価の文脈でも最重要人物として位置づけられている。とりわけB3「Something For Every Body Suite」を収録した1975年のオリジナル初回プレス盤は、アンビエント愛好家のみならずレア・グルーヴやジャズ・ファンクのコレクターからも渇望される希少盤として語り継がれている。
トラックリスト
- Spectrum Suite 25:25
- B1 Be-Muse-Ment
- B2 Trans-Pan Dance
- B3 Something For Every Body Suite