Indeep - Last Night A D.J. Saved My Life (1983)
Indeep『Last Night A D.J. Saved My Life』
Indeepが1983年に発表したデビュー・アルバム『Last Night A D.J. Saved My Life』。ソングライター/マルチ奏者のマイケル・クリーヴランド(Michael Cleveland)を中心に、女性ヴォーカリストのレジャン・マグロワール(Réjane Magloire)とローズ・マリー・ラムジー(Rose Marie Ramsey)を迎えて結成されたニューヨークのダンス・ユニットによる作品であり、のちにニュージャックスウィングの仕掛人となるジーン・グリフィン(Gene Griffin)が設立したインディ・レーベル「Sound Of New York」からリリースされた。
制作背景・エピソード
世界的な大ヒットとなった表題曲「Last Night A D.J. Saved My Life」は、マイケル・クリーヴランドが作詞・作曲・プロデュースを担当。深夜にラジオから流れるDJの選曲に心を救われる女性の心境を描いたこの曲は、電話のコール音や水洗トイレの水を流すSEといった遊び心あふれるサンプリング的効果音、跳ねるカウベル、そして地を這うように太いシンセ・ベースラインが際立つ。クリーヴランドによる軽妙なラップ調の語りと、レジャン&ローズ・マリーの力強いツイン・ヴォーカルの掛け合いが見事なフックを生み出している。
時代の文脈
1980年代初頭のニューヨークでは、ディスコ・ブームの終息に伴い、黎明期のヒップホップやシンセサイザー、ドラムマシンを大胆に導入した「ポスト・ディスコ/エレクトロ・ブギー」がストリートやアンダーグラウンド・クラブから台頭していた。本作はその熱気の中で生まれた記念碑的アルバムであり、当時アンダーグラウンド・シーンの主役となりつつあったクラブDJの存在そのものを讃えるリリックが、ダンスフロアを熱狂させた。
サウンド・聴きどころ
表題曲の無敵のベース・グルーヴに加え、シングルカットされたコミカルなガールズ・トーク調のブギー・ファンク「When Boys Talk」、パーカッシブなビートが牽引する「Buffalo Bill」、メロウなアーバン・ブギー「Slow Down」など、アルバム全体を通じて初期ニューヨーク・エレクトロ/ファンクの魅力が凝縮されている。無骨なマシンドラムと都会的なソウル・コーラスの融合が高く評価されている。
後世への影響・評価
シングル「Last Night A D.J. Saved My Life」は米ビルボード・ダンス・チャートで2位、R&Bチャートで10位、全英シングル・チャートで13位を記録する世界的ヒットを達成。続く「When Boys Talk」も米ダンス・チャートで32位、全英67位にランクインした。
表題曲はダンス・クラシックの不朽の名曲として後世に絶大な影響を与えた。2001年にはマライア・キャリーが映画『グリッター』のサントラでバスタ・ライムスらを迎えてカバーしたほか、マドンナがツアーで引用するなど、無数のアーティストにサンプリング/カバーされている。また、ビル・ブルースターとフランク・ブロートンによるDJカルチャーの歴史的名著『Last Night a DJ Saved My Life』(邦題『DJが僕の命を救ってくれた』)の書名元となるなど、クラブ・ミュージック史の象徴的フレーズとなった。さらにヴォーカルのレジャン・マグロワールは、のちにベルギーのダンス・プロジェクト「テクノトロニック(Technotronic)」に参加し、「Pump Up the Jam」などの大ヒットで90年代初頭のダンス・シーンを席巻した。
トラックリスト
- A1 Buffalo Bill 3:31
- A2 Love Is Like A Gun 2:56
- A3 Last Night A D.J. Saved My Life 5:40
- B1 Slow Down 3:41
- B2 Lipstick Politics 4:23
- B3 When Boys Talk 5:53
- B4 There It Is 3:01
動画プレイリスト
このアーティストについて
Indeep(インディープ)は、1980年代初頭のニューヨークで結成されたポスト・ディスコ/エレクトロ・ブギー・グループである。マルチ奏者でソングライ...
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