Pink Floyd - Atom Heart Mother = 原子心母 (1970)
Pink Floyd『Atom Heart Mother = 原子心母』日本盤レビュー
Pink Floydの『Atom Heart Mother = 原子心母』は、1970年に発表された5作目のスタジオ・アルバムで、バンドがサイケデリック・ロックの文脈から、より構成の大きいプログレッシブ・ロックへ踏み込んでいく時期の作品だ。英国ではHarvestから、米国ではCapitolから発売され、日本盤は1974年にEMI(EMS-80320)で出ている。盤としてはオリジナル発売から少し時間が経った再登場だが、作品そのものは1970年の空気を強く残している。
作品の位置づけ
Pink Floydの初期は、シド・バレット在籍期の実験性と、脱退後に残ったメンバーが新しい方法を探る過程が重なる。このアルバムは、その移行期をはっきり示す一枚だ。タイトル曲の大作性、組曲的な展開、管弦楽や合唱の導入が前面に出ていて、同時代のロックの中でもかなり特異な作りになっている。のちの『The Dark Side of the Moon』以降の洗練された構成とは違い、ここでは試行錯誤の手触りがそのまま残る。
録音はロンドンのEMI Studios、アビイ・ロードで行われた。クレジットにはジョン・オールディス合唱団への謝辞があり、タイトル曲にはロン・ギーシンも関わっている。ロックバンドの演奏を土台にしながら、ブラス、チェロ、合唱を重ねていく構成で、バンド単独の演奏作品とは別の重さがある。
タイトル曲の存在感
このアルバムでまず触れたいのは、やはりA面いっぱいを使うタイトル曲だ。演奏は長く、場面転換も多い。静かな導入から、管楽器や合唱が入ってくる流れ、ギターが前に出る場面、反復を軸に押し切る場面まで、ひとつの曲の中で景色が何度も変わる。耳に残るのは、ロックのバンド編成だけでは出ない厚みと、逆にその厚みの中から浮かび上がるギターやオルガンの輪郭だ。
Pink Floydの代表曲という意味では後年の曲に譲るが、この作品の核がタイトル曲であることは明確だ。アルバム全体を引っ張る中心であり、当時のバンドがどこまで大きな構成に挑めるかを示した曲でもある。
1974年日本盤について
この日本盤は、1974年に東芝EMIが製造した盤で、ジャケットには牛の写真が使われている。オリジナルの英国盤で有名なあの印象的なアートワークが、そのまま日本盤でも生きているのがうれしいところだ。付属物としては、6ページの白黒インサートが入り、日本語解説、英語のレビュー再録、歌詞の英和対訳が収録されている。国内盤らしく、作品を当時の日本のリスナーに届けるための情報が整理されている構成だ。
盤面のクレジットには「℗1970 an EMI Recording」「Made by Toshiba EMI, Ltd., Japan」「Recorded at EMI Studios - Abbey Road.」とあり、1970年作品であることと、日本で製造された盤であることがはっきり示されている。オリジナル盤と比べると、音源そのものの違いよりも、解説や歌詞の付属によって受け取り方が変わるタイプの再発盤だ。
同時代との関係
1970年前後の英国ロックでは、YesやKing Crimson、Genesisといったバンドが、長尺曲や組曲形式を押し広げていた時期だ。その中でPink Floydは、技巧を前面に出すというより、音の配置や空間の使い方で独自の方向を取っている。この作品でも、演奏の速さや派手さより、音が置かれる位置と間の取り方が印象に残る。
また、バンドの公式サイトでもこの作品は「それまでで最も野心的な録音」と位置づけられている。実際、ここには後の大作主義につながる要素がかなり詰まっている。のちのPink Floydが得意とする、音響と構成の両立に向かう前段階として見ると、かなり重要な一枚だ。
聴きどころ
- タイトル曲の大きな構成と、合唱・ブラスの使い方
- バンド演奏の輪郭が、厚いアレンジの中から見えてくる感触
- ジャケットの牛の写真を含めた、作品全体の静かなユーモア
- 日本盤インサートの充実した資料性
『Atom Heart Mother = 原子心母』は、完成度だけで押すアルバムではない。むしろ、バンドが大きな構想に手を伸ばしている途中の記録として面白い。1970年のPink Floydが、まだ試しながら前へ進んでいた、その途中経過がそのまま残る作品だ。
トラックリスト
- Atom Heart Mother
- B1 If
- B2 Summer '68
- B3 Fat Old Sun
- Alan's Psychedelic Breakfast