山下達郎 - Spacy (1977)
山下達郎『Spacy』——日本のスタジオ・ポップが一段深くなる瞬間
山下達郎の2作目のソロ・アルバム『Spacy』は、1977年にRCAから発売された作品。前作『CIRCUS TOWN』で示した、アメリカン・ポップスやソウル、ジャズへの視線をそのまま引き継ぎながら、制作の重心を日本へ戻したアルバムでもある。ニューヨークやロサンゼルスで録った前作に対して、本作はサウンドシティ、音響ハウス、RCAの各スタジオで、国内ミュージシャンを中心に組み立てられている。録音期間は1977年2月下旬から4月中旬にかけて。山下自身が細部まで書き込んだアレンジを軸に、演奏と構成がかなり緻密に詰められた一枚だ。
タイトルの印象どおり、音の隙間や配置に気を配った作りがまず目に入る。後年の山下作品にあるような豊かなリバーブ感よりも、ここではドラムが比較的ドライで、各楽器の輪郭がはっきりしている。ファンク寄りのグルーヴ、ジャズ・ロック的な展開、ソウルのコーラス感、ポップスとしてのまとまりが、1枚の中で行き来する構成。派手に押し切るタイプではなく、フレーズと和声の組み合わせで聴かせるアルバムだ。
制作の背景にあるCharlie Calelloの影響
本作を語るうえで外せないのが、前作でニューヨーク・サイドのアレンジを手がけたCharlie Calelloの存在。山下は録音後にCalelloのスコアを持ち帰ることを許され、それを研究したという。そこで得たのは、理論書的な説明ではなく、実際の編成に落とし込むための実践的な書き方だったようだ。『Spacy』のアレンジには、その影響がかなり明確に出ている。小編成でも音が痩せず、ブラスやリズムが過不足なく噛み合う作り。山下の作曲・編曲の精度が、この時点でかなり高いところまで来ているのがわかる。
収録曲「言えなかった言葉を」は、前作の時期にニューヨークで録音されながら未発表だった曲を、新たに録り直したもの。間奏のブラス部分にはCalelloのスコアがそのまま使われている。こうした経緯もあって、アルバム全体の中でひときわ制作の層が見える曲になっている。
演奏陣と曲ごとの手触り
演奏は大きく2組のリズム・セクションを軸にしている。ひとつは村上“ポンタ”秀一、細野晴臣、松木恒秀、佐藤博の組み合わせで、「Love Space」などを担当。もうひとつは上原裕、田中章弘、坂本龍一に山下本人のギターが加わる編成で、「翼に乗せて」などを支えている。どちらも1970年代後半の日本のスタジオ・シーンを代表する面々で、プレイヤー同士の呼吸の良さがそのまま盤面に残っている。
吉田美奈子は多くの曲で作詞を手がけ、コーラスでも参加。制作コーディネートにも関わっており、作品の輪郭を整える役割を担っている。山下のメロディと、美奈子の言葉やコーラスが重なることで、楽曲の温度が均一になりすぎず、少し人肌のある空気が保たれている。
曲の幅とアルバムの流れ
『Spacy』は、長尺曲と短い小品が同居している点も特徴的だ。7分を超える「Solid Slider」のようなジャズ・ロック、ファンク寄りの展開を持つ曲がある一方で、「朝の様な夕暮れ」のような2分台の曲も置かれている。大きく盛り上げるより、曲ごとの温度差を並べてアルバム全体を組み立てる設計。前のめりなグルーヴの曲が続いたあとに、ふっと空気が抜ける瞬間があり、その切り替えがこの作品の聴きどころになっている。
また、ロマンスや都会感を前面に押し出すだけでなく、演奏の精度で引っ張る部分が強い。シティ・ポップ、ファンク、ジャズ・ロック、ソウルといった要素が、当時の日本のポップスの中でかなり自然に交差している。海外の同時代作品でいえば、アレンジの緻密さやスタジオ感覚は、ソウルやフュージョンの文脈とも近いところがあるが、山下の場合はメロディの置き方がはっきり日本語の歌に収まっている点が面白い。
オリジナル盤とその後の評価
オリジナルの発売は1977年6月25日。発売当時のオリコン・アルバム・チャートでは59位にとどまり、商業的な大きな成功はまだ先の話だった。山下の存在が広く知られるようになるのは、その後の『RIDE ON TIME』以降になるが、『Spacy』はその前段階で、作曲、編曲、演奏のバランスをかなり高い水準で整えた作品として位置づけられる。
のちに再評価が進み、2002年のリマスターCDではチャート上位に入った。さらに2023年には「RCA/AIR YEARS Vinyl Collection」の一環でアナログ再発も行われ、発売から約46年を経て再び大きな注目を集めた。初出時と比べると、音の見通しや低域の出方、盤としての聴き心地に時代差があるが、曲そのものの設計の強さは変わらない。オリジナル盤を基準にしても、再発盤を通しても、山下達郎がスタジオ・ポップの作法を自分のものにしていく途中経過が、かなりくっきり見えるアルバムだ。
『Spacy』は、ヒット曲だけで押す作品ではない。だが、曲、演奏、アレンジ、録音の全体が噛み合ったときの密度が高い。1970年代後半の日本のシティ・ポップやソウル・ポップの流れを語るとき、ここがひとつの基準点になるのは自然なことだろう。
トラックリスト
- A1 Love Space 4:47
- A2 翼に乗せて 3:38
- A3 素敵な午後は 3:54
- A4 Candy 3:14
- A5 Dancer 4:40
- B1 アンブレラ 4:00
- B2 言えなかった言葉を 4:03
- B3 朝の様な夕暮れ 2:14
- B4 きぬずれ 3:39
- B5 Solid Slider 7:06
動画プレイリスト
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01. Love Space - Tatsuro Yamashita
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02. 翼に乗せて Tsubasa ni Nosete (On the Wings) - Tatsuro Yamashita
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03. 素敵な午後は Sutekina Gogo Wa (A Lovely Afternoon) - Tatsuro Yamashita
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04. CANDY - Tatsuro Yamashita
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05. DANCER - Tatsuro Yamashita
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06. アンブレラ (Umbrella) - Tatsuro Yamashita
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07. 言えなかった言葉を Ienakatta Kotoba Wo (The Words I Couldn't Say) - Tatsuro Yamashita
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08. 朝の様な夕暮れ Asa No Yona Yuugure (Morning like Dusk) - Tatsuro Yamashita
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09. きぬずれ Kinuzure (Silkworm) - Tatsuro Yamashita
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10. SOLID SLIDER - Tatsuro Yamashita