Ray Charles - What'd I Say (1959)
Ray Charles 1959

Ray Charles - What'd I Say (1959)

Rock Blues Funk / Soul Soul Rhythm & Blues

Ray Charles『What'd I Say』(1959)

レイ・チャールズの『What'd I Say』は、1959年のAtlanticから出た作品で、同名曲を中心にした重要作だ。厳密には通常のスタジオ・アルバムというより、1952年から1959年にかけてニューヨークで録音された未収録曲をまとめた編集盤的な性格が強い。とはいえ、表題曲の存在感があまりに大きく、レイ・チャールズのキャリアだけでなく、ソウルという音楽の成り立ちを語るうえでも外せない一枚になっている。

制作背景と録音の経緯

表題曲「What'd I Say」は、もともと即興から生まれた。1958年12月のダンス・パーティーで、予定していた曲をすべて終えたあと、まだ12分ほど時間が残っていたため、レイ・チャールズがバンドに「適当にやるから、ついてきてくれ」と声をかけ、そこから演奏が始まったという。観客が大きく反応したこの場面が出発点になった。チャールズは当時、会場のピアノを信用せず、1956年から持ち歩いていたウーリッツァーのエレクトリック・ピアノを使っていた。そこに左手のリフ、ラテン的なコンガ風リズム、12小節ブルースの骨格、ゴスペル由来の要素、そしてThe Raelettesとのコール・アンド・レスポンスが重なっていく。

録音は1959年2月18日、Atlanticの小さなスタジオで行われた。プロデュースはアーメット・アーティガンとジェリー・ウェクスラー。エンジニアのトム・ダウドは、導入したばかりの8トラック・レコーダーを試していた時期で、レイ、女性コーラス、バンドが同じ部屋で一緒に演奏し、オーバーダブなし、3〜4テイクで仕上げたと回想している。参加した演奏者としては、David "Fathead" Newmanのサックス、Edgar Willisのベース、Milt Turnerのドラムが知られている。完成テイクは7分半を超え、ラジオ向けには長すぎたうえ、性的なニュアンスを含む掛け合いも問題になったため、ダウドは一部を削り、偽のエンディングを挟んでPart IとPart IIに分け、1959年6月のシングルとして送り出した。

当時の文脈と位置づけ

この曲が出た1959年は、Atlanticにとってもレイ・チャールズにとっても節目の年だった。「What'd I Say」は、単なるヒット曲以上の意味を持つ。ゴスペルの熱量を世俗のダンス音楽に持ち込み、レイ・チャールズがR&Bの枠を押し広げていく流れを、非常にわかりやすい形で示したからだ。

ただし反応は一枚岩ではなかった。あまりに直接的な掛け合いのため、多くのラジオ局が放送を禁じたという。さらに、一部の黒人リスナーからは、ゴスペルを世俗の音楽に持ち込むことへの反発もあったとされる。レイ・チャールズ自身は、禁止した局の多くが白人アーティストによるカバー版になると流し始めた、と語っている。シングルはR&Bチャートで1位、Hot 100で6位を記録し、チャールズにとって初のゴールド・レコードになった。Atlanticにとっても最大の売れ筋の一つだった。

この作品は、レイ・チャールズのキャリアの中でも特に大きい。チャールズは本作の発売直後の1959年11月にABC-Paramountと契約し、Atlanticを離れている。Billboardは当初、シングルをややあっさりした見方で扱ったが、後には「これまでで最も強力なポップ・レコード」と評価を改めている。

後世への影響

後年の影響は非常に大きい。ロック史の文脈では、ザ・ビートルズへの影響が特に有名だ。ポール・マッカートニーはこの曲を聴いて音楽に関わりたいと思ったとされ、ジョージ・ハリスンは1959年にこの曲が8時間かかり続けたパーティーを経験し、「今まで聴いた中で最高のレコードの一つ」と語っている。ハンブルク時代のビートルズは毎晩のようにこの曲を演奏し、客との掛け合いで長く引き延ばしたという。ジョン・レノンは、冒頭のエレクトリック・ピアノのリフが、自分たちのギター・リフ中心の曲作りにもつながったと見ていた。

ほかにも、ミック・ジャガーが初めてバンドで人前に立ったときに歌った曲として知られ、エリック・バードン、スティーヴ・ウィンウッド、ブライアン・ウィルソン、ヴァン・モリソンらも影響を受けた曲として挙げている。カバーも多く、ジェリー・リー・ルイス、ボビー・ダーリン、エルヴィス・プレスリーらが取り上げた。レイ・チャールズ自身も、生涯のコンサートの最後をこの曲で締めくくったとされる。

再評価も続いた。2000年にグラミーの殿堂入り、2002年にはアメリカ議会図書館の国家録音登録簿に選出されている。Rolling Stoneは「史上最も偉大な500曲」で高く評価し、The Raelettesとの掛け合いを、当時のトップ40ラジオで聴ける最も露骨な熱量の一つとして記している。2004年の伝記映画『Ray/レイ』でも中心的な場面で使われ、曲そのものがレイ・チャールズの象徴として扱われているのがわかる。

オリジナル盤について

このLP(Atlantic 8029)は、黒いAtlanticラベルの初回プレス。なおアルバムとしては、発売から時間をおいた1961年9月にBillboardのTop LP'sチャートへ初登場し、73週にわたってチャートに残って最高20位を記録している。

『What'd I Say』は、即興から生まれた一曲が、録音技術、放送規制、ゴスペルとブルースの接点、ロックへの影響までを一気に結びつけた作品として残っている。レイ・チャールズの代表曲であると同時に、1950年代末の黒人音楽が次の時代へ踏み出す瞬間を刻んだ記録でもある。

トラックリスト

  1. A1 What'd I Say
  2. A2 Jumpin' In The Mornin'
  3. A3 You Be My Baby
  4. A4 Tell Me How Do You Feel
  5. A5 What Kind Of Man Are You
  6. B1 Rockhouse
  7. B2 Roll With My Baby
  8. B3 Tell All The World About You
  9. B4 My Bonnie
  10. B5 That's Enough

動画プレイリスト

公開: 2026年10月

このアーティストについて

Ray Charles

Ray Charles

Ray Charlesは、アメリカ出身のシンガー、ソングライター、ミュージシャン、作曲家だ。1930年9月23日にジョージア州アルバニーで生まれ、2004年6月10...

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