Nick Cave & The Bad Seeds - The Good Son (1990)
Nick Cave & The Bad Seeds『The Good Son』
Nick Cave & The Bad Seeds(ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズ)の『The Good Son』は、1990年4月に発表された通算6作目のスタジオ・アルバム。オリジナル盤はUKのMuteからリリースされ、カタログ番号はSTUMM 76。荒涼とした初期のポストパンク・スタイルから、流麗なメロディとピアノ、ストリングスを中心とした成熟した作風へと大きく舵を切った、キャリアにおける記念碑的傑作である。
制作背景・エピソード
この作品は、前作『Tender Prey』(1988年)までのベルリン時代から大きく環境が変わった時期に制作された。ニック・ケイヴは薬物リハビリを経てブラジルのサンパウロに移住し、現地でジャーナリストのヴィヴィアン・カルネイロと恋に落ちたことや、温暖な南米の風土に触れたことが、作風の劇的な転換につながった。
レコーディングは1989年10月にサンパウロのCardan Studiosで行われ、ヴィクター・ヴァン・ヴフトがエンジニアを担当。その後、ベルリンのTritonus Tonstudioでフラッドとガレス・ジョーンズがミックスを手がけた。オープニング曲「Foi Na Cruz」はサンパウロで耳にしたポルトガル語のプロテスタント賛美歌に着想を得た楽曲である。代表曲「The Weeping Song」では、ケイヴとギタリストのBlixa Bargeld(ブリクサ・バーゲルト)が父と子の対話のようにボーカルを分け合っている。
なお、本仕様(UK盤オリジナル・アナログ)はセミグロスのピクチャースリーブ仕様で、歌詞とクレジットを印刷した白黒のインナースリーブが付属している。
時代の文脈とサウンド
本作は、1980年代後半のポストパンク/ゴシック・ロックの荒々しさやノイズから距離を取り、ピアノやストリングスを軸にした優美な楽曲へと進んだ時期のアルバムとして位置づけられている。発売当時、一部の批評家や初期からのファンから「軟化した」と受け止められた面もあったが、実際にはスコット・ウォーカーやブラジル音楽のエッセンスを取り込みながら、内面的な葛藤や聖書的な贖罪を深く掘り下げた作品であった。
サウンド面では、ミック・ハーヴェイ(Mick Harvey)が手がけた端正なストリングス・アレンジと、ケイヴの奏でる切なくも力強いピアノの旋律、そしてブラジルの空気感を宿した繊細なパーカッションが、全編を通じて静謐な美しさを形づくっている。
後世への影響・評価
名バラード「The Ship Song」は、のちに多くのアーティストにカバーされ、オーストラリア音楽史に残るクラシックとなった。AllMusicのネッド・ラゲット(Ned Raggett)は、この曲をスコット・ウォーカーのバラードに比肩するものとして絶賛し、荒々しい初期衝動を昇華させて深い陰影と気品を獲得した傑作と評している。
全英アルバムチャートでは最高47位を記録。「The Ship Song」や「The Weeping Song」はシングルとしてもリリースされ、ライブでも長く演奏される不動の定番曲となった。本作で確立された優美で重厚なバラード路線は、のちの歴史的傑作『The Boatman's Call』(1997年)へとつながる土台となった。『The Good Son』は、ニック・ケイヴがシンガーソングライター/ストーリーテラーとしての世界的評価を確立していく流れの中で、重要な節目に位置づけられる作品である。
トラックリスト
- A1 Foi Na Cruz 5:39
- A2 The Good Son 6:04
- A3 Sorrow's Child 4:38
- A4 The Weeping Song 4:11
- B1 The Ship Song 4:15
- B2 The Hammer Song 4:17
- B3 Lament 4:54
- B4 The Witness Song 4:58
- B5 Lucy 4:17