O. V. Wright - A Nickel And A Nail And Ace Of Spades (1972)
O. V. Wright『A Nickel And A Nail And Ace Of Spades』
ディープ・ソウル/サザン・ソウルを代表するシンガー、O.V.ライト(O. V. Wright、本名:Overton Vertis Wright)が、テキサス州ヒューストンの実業家ドン・ロビー(Don Robey)率いるPeacock傘下のレーベルBack Beat Recordsから発表した通算4作目のスタジオ・アルバム(オリジナルは1971年末〜1972年発売、規格番号:ジャケット表 BBLP-70/裏 BBLP #70/ラベル BLP No. 70)。メンフィス・ソウルの名匠ウィリー・ミッチェル(Willie Mitchell)率いる制作陣とライトの魂を絞り出すような歌声が正面からぶつかり合った代表作で、2大タイトル曲「A Nickel And A Nail」と「Ace Of Spades」をはじめ、「Don't Let My Baby Ride」「Eight Men, Four Women」「Afflicted」など全10曲が収められている。
制作背景・エピソード
1939年にテネシー州レノウで生まれたライトは、10代からゴスペル・グループのザ・サンセット・トラヴェラーズ(The Sunset Travelers)やザ・ハーモニー・エコーズ(The Harmony Echoes)のリード・シンガーとして頭角を現した。その後、ジェームズ・カー(James Carr)とともにソングライター/マネージャーのルーズヴェルト・ジャミソン(Roosevelt Jamison)に見出され、1964年にメンフィスのGoldwax Recordsから世俗ソウル・デビュー曲「That's How Strong My Love Is」(オーティス・レディングやローリング・ストーンズによるカバーでも知られる名曲)を発表。ところが、サンセット・トラヴェラーズ時代にドン・ロビーのゴスペル・レーベルPeacockと契約していたことを理由にロビー側が専属権を主張したため、ライトはロビー傘下のR&BレーベルBack Beat Recordsへと移籍することになった。
Back Beatでの初期3作(『(If It Is) Only for Tonight』『8 Men and 4 Women』『Nucleus of Soul』)を経て、ロビーはライトの力量を最大限に引き出すべく、メンフィスのHi Records(ハイ・レコード)でアル・グリーンやアン・ピーブルズを手がけていたプロデューサー/トランペット奏者/アレンジャーのウィリー・ミッチェルに制作を託した。録音はテネシー州メンフィスの名門Royal Recording Studio(ロイヤル・レコーディング・スタジオ)で行われ、マスタリングはメンフィスのMastercraftが担当。バック演奏には、ミッチェルのもとで「ハイ・サウンド」を築き上げたハイ・リズム・セクション(Hi Rhythm Section)――ホッジス3兄弟のティーニー・ホッジス(Mabon “Teenie” Hodges:ギター)、チャールズ・ホッジス(Charles Hodges:オルガン)、リロイ・ホッジス(Leroy Hodges:ベース)と、ハワード・グライムス(Howard Grimes:ドラムス)――および重厚なメンフィス・ホーンズ(Memphis Horns)が全面参加している。
なお、収録曲の大半(A1〜A5、B2〜B4、Don Music Company BMI出版)の作曲クレジットには、ドン・ロビーが自社の印税を確保するために用いた変名「Deadric Malone(デドリック・マローン)」が記されているが、実際にはヴァーノン・モリソン(Vernon Morrison、「A Nickel And A Nail」の共作者)やアール・ランドル(Earl Randle、J.E.C. Publishing出版のB1「I Can't Take It」やB5「Don't Take It Away」などを提供)、ライト自身らが関わった楽曲群である。どれだけ尽くしても報われない愛の無常を「5セント玉と釘(価値のないもの)」に喩えて切々と歌い上げるスロー・バラードの金字塔「A Nickel And A Nail」(B4)と、ホーン・リフとオルガンが疾走するアップテンポのサザン・ソウル「Ace Of Spades」(A3)の2大タイトル曲を筆頭に、粘り気のあるグルーヴが光る「Don't Let My Baby Ride」(A1)や「He Made Woman For Man」(A5)、「When You Took Your Love From Me」(B3)、ゴスペル的な熱狂へと昇りつめる「Afflicted」(B2)などが並ぶ。
時代の文脈
本作は、1970年代初頭のメンフィス・サザン・ソウル/ディープ・ソウルの最高峰のひとつとして位置づけられる。同じRoyal Recording Studioで同時期に録音されていたアル・グリーンの甘美で軽やかなソウルとは対照的に、ライトの録音ではよりダークで泥臭く、ブルース色の濃い緊迫したサウンドが追求された。1970年代後半にライトが正式にHi Recordsへ移籍するに先駆けて、ミッチェルとハイ・リズム・セクションとの黄金コンビが結実した記念碑的アルバムである(次作『Memphis Unlimited』[1973年]も同体制で制作された)。
チャート面では、1967年に全米R&Bチャート4位を記録した代表曲「Eight Men, Four Women」(A4)に加え、1970年発売のシングル「Ace Of Spades」(Back Beat 615)が米ビルボードR&Bチャート最高11位・Billboard Hot 100で54位、1971年発売の「A Nickel And A Nail」(Back Beat 622)が米R&Bチャート最高19位・Hot 100で85位を記録し、アメリカ深南部を中心に厚い支持を集めた。
後世への影響と評価
O.V.ライトの悲痛で圧倒的な説得力をもつ歌唱は、ロバート・クレイ(Robert Cray)、オーティス・クレイ(Otis Clay)、タジ・マハール(Taj Mahal)ら多くのブルース/ソウル・シンガーに深い影響を与え、2024年にはブルースの殿堂(Blues Hall of Fame)入りを果たした。
また、Royal Recording Studioで録音された重く乾いたドラムとオルガン、哀愁漂うホーンの響きは、1990年代以降のヒップホップ・プロデューサーからもサンプリングの宝庫として愛されてきた。「A Nickel And A Nail」は、モブ・ディープのプロディジー(Prodigy)とプロデューサーのジ・アルケミスト(The Alchemist)による2007年のアルバム『Return of the Mac』収録曲「A Nickel and a Nail」でそのままタイトルごとサンプリングされたほか、「Ace Of Spades」もスリム・サグ(Slim Thug)&ボス・ホッグ・アウトロウズの「Recognize a Playa」などで使用されている。批評面では、ロバート・クリストガウ(Robert Christgau)が『Christgau's Record Guide: Rock Albums of the Seventies』で「A-」の高評価を与えており、AllMusicでもディープ・ソウルの不朽の名盤として高く称賛されている。
トラックリスト
- A1 Don't Let My Baby Ride 2:46
- A2 Born All Over 3:16
- A3 Ace Of Spades 2:09
- A4 Eight Men, Four Women 3:07
- A5 He Made Woman For Man 2:57
- B1 I Can't Take It 3:08
- B2 Afflicted 3:40
- B3 When You Took Your Love From Me 3:04
- B4 A Nickel And A Nail 3:32
- B5 Don't Take It Away 3:47