Tony Allen With Afrobeat 2000 - N.E.P.A. (Never Expect Power Always) (1984)
Tony Allen With Afrobeat 2000『N.E.P.A. (Never Expect Power Always)』
フェラ・クティ(Fela Kuti)率いるAfrica 70のドラマーを務めていたトニー・アレン(Tony Allen)が、自身のバンドAfrobeat 2000を率いて1984年に発表した4曲入りEP。ナイジェリア盤はMercury、イギリス盤はアフロ・ポップを広く欧州に紹介していたEarthworksからリリースされた。
制作背景・エピソード
タイトルの「N.E.P.A.」は、ナイジェリアの国営電力会社「National Electric Power Authority(国家電力公社)」の略称。当時のナイジェリアでは毎日のように予告なしの停電が頻発し、市民の間で皮肉を込めて「Never Expect Power Always(常に電気が通っていると思うな)」と呼ばれていた。トニー・アレンはこの市民の合言葉をそのまま曲名に採り、停電によって冷蔵庫の食べ物が腐り、仕事や生活がストップする日常の混乱を歌詞で風刺した。
レコーディングは、アレンがヨーロッパへの移住を進めていた時期にロンドンのAddis Ababa Studiosで行われた。参加メンバーには、Africa 70で長年ともに演奏してきたギタリストのオゲネ・コログボ(Oghene Kologbo)や、UKレゲエ/スカのセッションで活躍していたトランペット奏者のエディ・"タン・タン"・ソーントン(Eddie "Tan Tan" Thornton)らが名を連ねている。アレンはドラムスに加えて、当時登場したばかりの電子クラップ・マシン「Simmons Claptrap」をレコーディングに持ち込み、生ドラムの上に電子パーカッションの音を重ねた。
A面とB面の後半には、それぞれ「Dance Dub」「Road Close Dance Dub」と題されたダブ・バージョンが収録された。エンジニアのマーク・スミス(Mark Smith)とともにテープ・ディレイやリバーブを深く施し、生演奏のアフロビートをダブ処理した構成になっている。
時代の文脈
1978年にベルリンのジャズ・フェスティバル出演後、処遇をめぐる対立からAfrica 70を脱退したアレンは、1980年代前半のオイルブーム終焉とインフレに揺れるラゴスを離れ、活動拠点をロンドン、そしてパリへと移していった。本作は70年代の大人数によるホーン主体の生演奏スタイルから離れ、シンセサイザーや電子パーカッション、スタジオ音響処理を導入してコンパクトなバンド編成へと移行した時期の録音である。
後世への影響
アフロビートのリズムにダブやエレクトロニクスの音響処理を施したアプローチは、後年のクラブDJやレア・グルーヴ・ファンの間で再評価された。トニー・アレン自身も1990年代以降、パリを拠点にエレクトロやヒップホップのプロデューサー、ブラーのデーモン・アルバーンらと数多くの越境的プロジェクトを手がけることになるが、本作はその試みの先駆的な事例として位置づけられている。
トラックリスト
- A1 N.E.P.A. (Never Expect Power Always)
- A2 N.E.P.A. Dance Dub
- B1 When One Road Close (Another One Go Open)
- B2 Road Close Dance Dub
動画プレイリスト
このアーティストについて
Tony Allenは、1940年7月20日にナイジェリアのラゴスで生まれたドラマー、作曲家、ソングライターだ。2020年4月30日にパリで亡くなっている。ナイジェ...
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