Marvin Gaye - In Our Lifetime (1981)
Marvin Gaye『In Our Lifetime』(1981)
マーヴィン・ゲイが1981年にTamlaから発表した『In Our Lifetime』は、彼のモータウン時代の最後のオリジナル・アルバムとして位置づけられる作品だ。ソウル、ファンク、ディスコの要素を含みつつ、単なるダンス・アルバムに収まらない内容で、宗教性や終末観、内省が前面に出ている。1970年代の『What’s Going On』以降に続く、社会性と私的な苦悩を抱えたマーヴィンの系譜の延長線上にある一枚でもある。
作品の背景
このアルバムは、もともと1979年から1980年にかけて進められていたディスコ寄りの企画『Love Man』を土台にしている。だが、マーヴィン自身の状況はかなり切迫していた。莫大な税負債を抱え、ツアーを中断してハワイへ身を寄せ、コカイン依存にも苦しんでいた時期である。その後、1980年にヨーロッパへ渡り、ロンドンで制作を進める中で、内容は大きく組み替えられた。時代の流行に寄せるよりも、メッセージを前に出す方向へ傾いていった流れが見える。
題名とジャケットには、当時のマーヴィンが抱いていた核戦争への恐怖が反映されている。原題は疑問符付きの『In Our Lifetime?』で、そこに含まれる迷いや不安が作品の性格をよく示している。最終的に疑問符は外されて発売されたが、その変化自体が、この作品の複雑さを物語っている。
録音とリリースの経緯
録音はマーヴィンのスタジオがあったロサンゼルスのほか、ホノルルのSeawest Recording Studios、ロンドンのOdyssey Recording Studio、Air Recording Studiosで行われた。クレジット上では複数の都市をまたぐ制作になっており、実際に音の手触りにも、アメリカのソウルとイギリス録音の質感が混ざった印象がある。
ただし、この作品の発売にはいわくがある。ベーシストのフランク・ブレアがマスター・テープをモータウンに持ち込み、レーベル側がマーヴィンの承認なしにリミックスして出したとされる。結果として、本人の意図と異なる形で世に出たアルバムになった。この件がきっかけで、マーヴィンはモータウンを離れ、CBSへ移籍することになる。アーティストとレーベルの関係が、ここで大きく切れた作品でもある。
収録曲と聴きどころ
シングルとしては「Praise」と「Heavy Love Affair」が知られている。「Praise」はR&Bチャートで18位を記録し、「Heavy Love Affair」はさらに下がったが、アルバム全体の流れの中では重要な役割を持つ。特に「Praise」は、信仰や救済を思わせるテーマが前に出た曲で、アルバムの方向性を端的に示している。マーヴィンの歌は、甘さだけで押すのではなく、声の揺れや間で感情を運ぶタイプで、ここでもその持ち味が出ている。
『In Our Lifetime』を実際に聴くと、派手な展開よりも、低くうねるリズムと歌の重なりが印象に残る。ベースの動き、控えめなドラム、コーラスの配置が、楽曲の内容を支えている。Billboardが当時、官能的でソウルフルなヴォーカルと、抑えめながら強いリズムを評価していたのも納得しやすい。華やかなディスコの快楽だけではなく、どこか張りつめた空気があるのがこの盤の特徴だ。
同時代の文脈
1981年という時期を考えると、モータウンの主流はすでに60年代・70年代前半のような統一感から離れていた。ファンクやディスコが広く浸透し、R&Bの表現も細分化していく中で、マーヴィンはその流れに乗りつつも、内容面ではさらに個人的で重いテーマへ踏み込んでいる。スティーヴィー・ワンダーやカーティス・メイフィールドのように、ソウルを単なる恋愛歌から広いメッセージの場へ押し広げた流れの中でも、この作品はかなり切迫した温度を持つ。
一方で、売上は伸び悩んだ。Billboardのアルバム・チャートでは最高32位、R&Bアルバム・チャートでは6位だったが、同時代のポップ市場の中心に食い込む形にはならなかった。内容の重さと、当時の音楽市場の距離感が、そのまま表れている。
この盤の位置づけ
『In Our Lifetime』は、マーヴィン・ゲイのキャリアの終盤に置かれた重要作だ。モータウンでの最後のオリジナル・アルバムであり、同時に、彼が抱えていた不安や信仰、社会への視線がひとつに集約された作品でもある。後年の拡張版で『In Our Lifetime?』の表記が復元され、『Love Man』時代の素材も収録されたことからも、このアルバムが単独の完成品というより、複数の時期の断片を抱えた記録として残っていることがわかる。
黄色と茶色のTamlaレーベルに黒文字で刷られたUS盤は、1981年の空気をそのまま閉じ込めたような存在だ。マーヴィン・ゲイという歌手が、華やかなソウル・スターである前に、時代の不安を歌に変える人物だったことを、あらためて示す一枚である。
トラックリスト
- A1 Praise 4:49
- A2 Life Is For Learning 3:39
- A3 Love Party 4:55
- A4 Funk Me 5:32
- B1 Far Cry 4:26
- B2 Love Me Now Or Love Me Later 5:00
- B3 Heavy Love Affair 3:46
- B4 In Our Lifetime 6:56