Harry Case - In A Mood (1989)
Harry Case『In A Mood』
アメリカ・ジョージア州アトランタのギタリスト/マルチインストゥルメンタリスト、Harry Case(ハリー・ケース)。彼が1989年にアトランタの独立レーベルIchiban Records(イチバン・レコード)から発表した唯一のソロアルバムが『In A Mood』である。録音はアトランタのSound Labで行われ、プロデュース、作編曲、エンジニアリング、ミキシングまでHarry Case自身が主導した。クレジットには「The Case Band」としてCasio Bhiton(ベース)、'Electric' Mann(シンセサイザー)、'Foot' Lawson(ドラム)といった奇妙なミュージシャン名が並ぶが、これらはカシオのシンセサイザーやリズムマシンを駆使したHarry Case自身の変名・プログラミングであり、実質的な宅録/ワンマン・プライベート・スタジオ作としての濃密な個性を放っている。
制作背景・エピソード
本作の核心は、Harry Caseが一人で制作工程のすべてを掌握したプライベートな成り立ちにある。アトランタのSound Labに籠もり、ギターの演奏のみならず、ドラムマシンのプログラミングからシンセサイザーのレイヤー、録音エンジニアリングまでを自ら完結させた。架空のバンドメンバー名をクレジットに仕立て上げる遊び心も含め、メジャーのスタジオワークでは決して生まれない自由奔放なアイデアとDIY精神が隅々まで息づいている。
リリース元のIchiban Recordsは、1985年にアトランタでJohn AbbeyとNina Eastonによって設立された名門インディペンデント・レーベル。ブルース、ゴスペル、サザン・ソウルから初期のサザン・ラップまで黒人音楽を幅広く手がけていた同レーベルのカタログの中でも、本作のような極めて私的なベッドルーム・フュージョン作品は際立って異彩を放っていた。
時代の文脈
1980年代末期、メジャー・レーベルが主導するフュージョンやスムース・ジャズは、デジタル機材の高額化と過度な商業的洗練によって均質化の一途を辿っていた。そうした時代状況にあって、本作はメジャーの商業主義から隔絶されたローカルな環境で制作された。80年代特有のチープで温かみのあるデジタル・シンセやドラムマシン、カシオのベーストーンと、ジョージ・ベンソン直系の流麗でメロウなジャズ・ギターが融合し、極めて特異で親密なアフロ・アメリカン・フュージョンが生み出された。
サウンド・聴きどころの評され方
アルバムの幕を開ける「Ride 'Em Off」は、清涼感あふれるギター・カッティングと煌びやかなシンセが織りなす極上のブリージン・AOR/ジャズ・ファンク。「Native Drums」ではプリミティブなリズムマシンと神秘的なシンセ・パッドが融け合い、オブスキュアなバレアリック/トライバル・アンビエントを展開する。さらに、甘美なコードワークとメロウなギター・ソロが夜の情景を描く表題曲「In A Mood」、トロピカルなパーカッションが心地よい「Midnight Samba」など、エレクトロニックな宅録感とオーガニックなジャズ・フィーリングの絶妙な掛け合わせが唯一無二の浮遊感を生み出している。
後世への影響
発売当時は全国的なプロモーションが行われず長年マイナーな存在にとどまっていたが、2010年代以降のバレアリック、アンビエント・ソウル、ヴェイパーウェイヴ、チルアウトの再評価の波の中で世界中のディガーによって発掘された。ロサンゼルスの名門リスニング・バー「In Sheep's Clothing Hi-Fi」をはじめとする音楽マニアの間でカルト的な「秘宝」として神格化され、オリジナルLP(ICH 1037)の取引価格は急騰。ヨーロッパで海賊盤やリプロ盤が流通するほどの国際的人気を獲得し、80年代末の自主制作系ストリート・ソウル/ジャズ・ファンクの至宝として位置づけられている。
評価・チャート
発売当時はチャートに登るような商業的成功とは無縁だったものの、時代を先取りしたベッドルーム・ソウル/アンビエント・フュージョンの傑作として、今日では80年代ローカル・インディ・ソウルの隠れた金字塔として世界中のリスナーやDJから絶賛されている。
トラックリスト
- A1 Ride 'Em Off
- A2 Native Drums
- A3 Chasing The Goon
- A4 Quick-Wire
- A5 Jam (At Your Party)
- A6 Carry Me Home
- B1 Midnight Samba
- B2 In A Mood
- B3 Air Dancer
- B4 Mother-San
動画プレイリスト
このアーティストについて
Harry Case(ハリー・ケース)は、アメリカ・ジョージア州アトランタを拠点に活動したギタリスト、マルチ楽器奏者、シンガー、音楽プロデューサーであ...
Harry Case のプロフィール・作品一覧