Miriam Makeba - Miriam Makeba (1960)
Miriam Makeba『Miriam Makeba』
「ママ・アフリカ(Mama Africa)」の敬称で知られる南アフリカ共和国ヨハネスブルグ出身のシンガー/公民権・反アパルトヘイト運動家、ミリアム・マケバ(Miriam Makeba、本名:Zenzile Miriam Makeba)が、1960年に米RCA Victor(モノラル盤規格番号:LPM 2267/ステレオ盤:LSP 2267)から発表した記念すべきファースト・ソロ・アルバム。南アフリカの伝統歌を軸に、英語圏のフォークやカリプソ、ジャズ・バラードまでを並べた構成で、のちに彼女の代名詞として語られる「The Click Song」や「Mbube」も収められている。録音はニューヨークのWebster Hallで行われ、プロデュースはボブ・ボラード(Bob Bollard)、エンジニアはボブ・シンプソン(Bob Simpson)が担当。伴奏にはギタリストのペリー・ロペス(Perry Lopez)と、ミルト・オクン(Milt Okun)が指揮するザ・ベラフォンテ・フォーク・シンガーズ(The Belafonte Folk Singers)が全面参加し、A7「Mbube」ではザ・チャド・ミッチェル・トリオ(The Chad Mitchell Trio)、B6「One More Dance」ではチャールズ・コールマン(Charles Coleman)がゲスト・ヴォーカルとして加わっている。
制作背景・エピソード
マケバは1950年代、南アフリカのジャズ/ヴォーカル・グループであるマンハッタン・ブラザーズ(The Manhattan Brothers)や女性グループのスカイラークス(The Skylarks)で国民的な人気を得たのち、1959年にアフリカ黒人初の本格ミュージカル『キング・コング(King Kong)』(ヒュー・マセケラらも参加)でヒロインを演じた。さらに米国の映画監督ライオネル・ロゴジン(Lionel Rogosin)が秘密裏に撮影した反アパルトヘイト映画『カム・バック・アフリカ(Come Back, Africa)』(1959年ヴェネツィア国際映画祭批評家賞受賞)にも出演し、2曲を歌って国際的な注目を集める。同映画の上映でヴェネツィアとロンドンを訪れた際、アメリカの歌手・俳優・公民権運動家のハリー・ベラフォンテ(Harry Belafonte)と出会い、ベラフォンテの後見のもとで1959年11月にニューヨークへ渡った。テレビ番組『スティーヴ・アレン・ショー』への出演や、マイルス・デイヴィスやデューク・エリントンも客席に詰めかけたジャズの名門クラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード(Village Vanguard)」での公演で絶賛を浴び、RCA Victorとの契約(この際、RCA Victorは南アフリカのGallotone Recordsとの旧契約を4万5,000ドルで買い取った)へとつながっていく。
裏ジャケットにはベラフォンテ自身がライナーノーツを寄せており、マケバを「過去10年間であらゆるメディアに現れたもっとも革命的な新しい才能」と最大級の賛辞で称えた。収録曲には、軽快なタウンシップ・ナンバーA1「The Retreat Song (Jikele Maweni)」をはじめとする南アフリカ由来の楽曲群だけでなく、インドネシアの伝統的な子守唄A2「Suliram」、カリプソ調のユーモラスなB1「The Naughty Little Flea」、アメリカのトラディショナル・フォークB4「House Of The Rising Sun(朝日のあたる家)」、チャールズ・コールマンとの軽妙なデュエットB6「One More Dance」なども並び、コスモポリタンな選曲の幅を見せる。なかでもA3「The Click Song」は、コサ語特有の吸着音(舌打ち音=クリック音)を用いた伝統的な婚礼の祝歌(原題の「Qongqothwane[コングコットワーネ]」は道案内の甲虫[tok tokkie]を意味する)で、英語圏の聴衆が原題を発音できないために「ザ・クリック・ソング」と呼ばれているというマケバ自身のチャーミングな英語MCから歌い始める構成で広く親しまれた。
時代の文脈
本作が発表された1960年は、マケバ自身の人生にとっても決定的な転機の年であった。同年3月に南アフリカで起きたシャープビル虐殺事件(マケバの叔父2人も犠牲となった)の直後、母の訃報を受けて帰国しようとしたマケバは、南アフリカ政府によってパスポートを無効化され帰国を拒否される。その結果、彼女はネルソン・マンデラが釈放される1990年まで30年間に及ぶ亡命生活を余儀なくされた。こうした歴史的状況のなかで発表された本作は、マケバが南アフリカ国内の活動から国際的なアーティスト兼アクティヴィストへと踏み出す出発点となった。
収録曲では、1953年にマンハッタン・ブラザーズと録音して最初のヒットとなったマッケイ・ダヴァシェ(Mackay Davashe)作のA6「Lakutshn, Ilanga(Lakutshona Ilanga)」や、1939年にズールー人音楽家ソロモン・リンダ(Solomon Linda)が作曲・録音したA7「Mbube(ムブーベ=ズールー語でライオンの意)」など、南アフリカの名曲が重要な位置を占める。「Mbube」はマケバとチャド・ミッチェル・トリオの迫力あるコール&レスポンスでも知られ、ピート・シーガー&ザ・ウィーヴァーズの「Wimoweh」や翌1961年のザ・トーケンズによる全米1位ヒット「The Lion Sleeps Tonight(ライオンは寝ている)」の原曲としても名高い。当時のアメリカではフォーク・リバイバルや公民権運動が高まりを見せており、コサ語やズールー語の伝統歌と英語のフォーク/ジャズ・バラードを自在に行き来する彼女のスタイルは人種や国境を超えて広く受け入れられた。
後世への影響と評価
本作は、アフリカ音楽を欧米のメインストリーム市場に本格的に紹介した最初の歴史的アルバムのひとつであり、のちに「ワールド・ミュージック」や「アフロポップ」と呼ばれるジャンルの原点となった。代表曲「The Click Song」は1967年の「Pata Pata」と並ぶマケバの生涯の代名詞となり、アルバム自体も音楽ガイドブック『死ぬ前に聴くべき1001枚のアルバム(1001 Albums You Must Hear Before You Die)』に選出されている。発売当時、米『タイム』誌はマケバを「ここ数年で登場したもっともエキサイティングな新しい歌唱の才能」と評し、『ニューズウィーク』誌は彼女の歌声を「エラ・フィッツジェラルドのスモーキーな音色と繊細なフレージング、そしてフランク・シナトラの親密な温かさに匹敵する」と絶賛した。AllMusicでも星4.5の高評価を獲得している。
トラックリスト
- A1 The Retreat Song (Jikele Maweni) 2:32
- A2 Suliram 2:45
- A3 The Click Song 2:09
- A4 Umhome 1:16
- A5 Olilili 2:31
- A6 Lakutshn, Ilanga 2:07
- A7 Mbube 3:17
- B1 The Naughty Little Flea 3:45
- B2 Where Does It Lead? 2:29
- B3 Nomeva 2:37
- B4 House Of The Rising Sun 1:57
- B5 Saduva 2:30
- B6 One More Dance 2:40
- B7 Iya Guduza 2:05
動画プレイリスト
このアーティストについて
Miriam Makebaは、南アフリカ・ヨハネスブルグ出身の歌手で、1932年3月4日に生まれ、2008年11月10日にイタリアのカステル・ヴォルトゥルノで亡くなっ...
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