Tame Impala - The Slow Rush (2020)
Tame Impala『The Slow Rush』――時間の感覚を音にした2020年の4作目
Tame Impalaは、オーストラリアのケヴィン・パーカーによるソロ・プロジェクトだ。スタジオ作品ではほぼすべてをパーカー自身が手がけ、作詞、作曲、演奏、プロデュース、ミックスまでを一人で完結させる制作姿勢が知られている。本作『The Slow Rush』は、その流れを引き継いだ4作目のアルバムで、2020年にリリースされた。前作『Currents』から5年ぶりとなり、Tame Impalaのディスコグラフィの中でも大きな節目にあたる一枚。
盤としては2020年リリースのワールドワイド盤で、Island Recordsから出ている。180グラムのブラック・ヴァイナル、ゲートフォールド仕様の外装、折りたたみポスター付きという構成で、当時のLPとしてはかなり丁寧なパッケージングだ。録音とミックスは西オーストラリア州フリーマントルとロサンゼルスで行われ、マスタリングはニュージャージーのSterling Sound。製作地が複数にまたがっている点も、この作品の広がりをそのまま示している。
作品の中心にあるのは「時間」
『The Slow Rush』を語るうえで外せないのが、全体を通して「時間」というテーマが置かれていることだ。曲名や歌詞の断片には、過去の記憶、失われた感覚、未来への不安が繰り返し現れる。タイトルそのものも、流れていく時間の遅さと速さが同時にあるような、少し矛盾した感触を持っている。
制作は順調一辺倒ではなかった。2018年にはロサンゼルス近郊の山火事の影響で、ノートPCやハードディスク、ヴィンテージのベースを持って避難したというエピソードが残っている。さらに2019年には結婚も経験しており、私生活の変化が制作期間に重なった。そうした背景を踏まえると、このアルバムが内省と整理整頓の感覚を強く持っているのも自然に見えてくる。
音の輪郭と聴きどころ
耳に残るのは、Tame Impalaらしいサイケデリックな処理を保ちながら、より整ったポップの設計に寄せた音作りだ。シンセの層、リズムの細かい揺れ、ベースのうねりが前に出る一方で、曲の骨格はかなり明確。前作『Currents』で見せたディスコ寄りの流れを引き継ぎつつ、ソフトロックやインディー・ポップの要素も無理なく接続している。
実際に聴くと、音像の密度は高いのに、各パートが埋もれすぎない。特に低音のまとまりと、ボーカルの処理の仕方が印象に残る。パーカーの声は、近くにあるのに少し距離もある、その中間に置かれていることが多く、曲全体の時間感覚とよく合っている。派手な展開を連発するタイプではないが、細部の反復や音色の変化で引っ張る構成。
代表曲とアルバムの流れ
シングル曲では「Borderline」「It Might Be Time」「Lost in Yesterday」あたりが、アルバムの輪郭をつかみやすい。とくに「Lost in Yesterday」は、過去への執着を扱いながらも、ビートの運びは軽く、Tame Impalaのポップ感覚が前面に出た曲として知られている。「Borderline」は発売前から注目を集めた楽曲で、アルバム版では構成が見直されている点も話題になった。
アルバム全体としては、派手な一曲で押し切るより、曲同士の連なりで聴かせる作り。冒頭から終盤まで、同じテーマを角度を変えて見せていく感じがある。サイケデリック・ロックの文脈にありながら、単なる懐古ではなく、現代的なポップ・アルバムとして成立しているところがこの作品の核だ。
Tame Impalaの中での位置づけ
『Innerspeaker』『Lonerism』でガレージ寄りのサイケデリック・ロックを押し出し、『Currents』でシンセを大きく取り込んだTame Impalaは、『The Slow Rush』でその流れをさらに整理した印象がある。ロック、ポップ、電子音楽の境界を行き来しながら、作家性はより明確になっている。ケヴィン・パーカーがひとりで構築するスタジオ・ワークの精密さは、ここでも中心にある。
同時代のポップ・ロックやインディー・ポップの中でも、この作品はかなり個別の場所に立っている。フリート・フォクシーズ以降の内省的な空気、MGMTやThe 1975のようにシンセを積極的に使う感覚、そしてマックス・マーティン的なポップの精度への意識まで、いくつかの線が交差しているように聴こえる。とはいえ、最終的な着地点はやはりTame Impala独自のものだ。
まとめ
『The Slow Rush』は、2020年時点のTame Impalaが到達した、時間・記憶・喪失感を軸にしたアルバムだ。制作環境の変化、私生活の変化、長い制作期間、そのすべてが音の隅々に反映されている。サイケデリック・ロックの名前で語られることが多いが、実際にはポップ・アルバムとしての設計の精密さも強い。LPとしても、黒盤・ゲートフォールド・ポスター付きという形で作品性がきれいにまとまっている。
トラックリスト
- A1 One More Year
- A2 Instant Destiny
- A3 Borderline
- B1 Posthumous Forgiveness
- B2 Breathe Deeper
- B3 Tomorrow's Dust
- C1 On Track
- C2 Lost In Yesterday
- C3 Is It True
- D1 It Might Be Time
- D2 Glimmer
- D3 One More Hour