Fela Anikulapo Kuti & Afrika 70 - Yellow Fever (1976)
Fela Anikulapo Kuti & Afrika 70『Yellow Fever』
1976年にナイジェリアのAfrodisiaから出た『Yellow Fever』は、フェラ・クティとAfrika 70による同年作のひとつで、ラゴスのDecca 8 track Studiosで録音された。フェラは1975年から77年にかけてナイジェリア国内だけで24枚ものアルバムを出しており、本作もその多作な時期の1枚にあたる。
制作背景・エピソード
表題曲「Yellow Fever」は、当時ナイジェリアの女性の間で流行していた肌の美白、いわゆる漂白クリームを攻撃する内容で、ブロークン・イングリッシュで歌われている。フェラはこの行為を、国の発展を妨げる「植民地支配後の劣等感」の表れとして批判した。オランダのレコード店Rush Hourの解説では、「Yellow Fever」はラゴスの人々が交通整理員に付けたあだ名でもあり、フェラはその語を美白の流行を表す言葉として借りたという。1973年の「Gentleman」でヨーロッパのスーツとネクタイを身につけるアフリカの男性を皮肉ったのに通じる曲である。
ジャケットは、フェラ作品を多く手がけたLemi Ghariokwuが1976年に描いたもの。左上には「Soyoyo Cream Skin Bleacher」という架空の美白クリームのチューブがあり、「soyoyo」はヨルバ語の口語で「明るい、黄色い」を意味するという。横には、顔や首、胸に黒いまだらが出た若い女性が描かれ、体のほかの部分は元の濃い肌の色のまま残されている。Ghariokwuは、フェラの歌詞を視覚化するため、カラクタ共和国に暮らしていたKokorという女性をモデルにしたと語っている。誤った美の観念を真正面から示す意図で描かれたという。
B面の「Na Poi '75」は、1972年録音の「Na Poi」の再録音。カラクタ共和国での性のあり方をあけすけに歌った、音楽による性の手引きのような曲で、オリジナルはその露骨さからナイジェリアの放送局に放送を禁じられた。新しいヴァージョンは曲名を少し変えることで再び電波に乗ったとも言われている。オリジナルは、長いドラム・ブレイクやソロ、チャントを含む、より簡素なアレンジだった。
時代の文脈
本作が出たのは、ナイジェリアが英国から独立して16年後のこと。
本作のジャケットは、2019年に医療人文学誌Hektoen Internationalでも取り上げられている。記事では、2011年のWHOの報告として、ナイジェリアの女性の77%が日常的に美白剤を使っていると推計されたことが紹介された。美白剤には水銀やステロイドが含まれることがあり、長期使用で皮膚が薄くなるなどの害があるとも記されている。
後世への影響
2018年には、エリカ・バドゥが選曲・監修したKnitting Factory Recordsのボックス・セット『Fela Kuti Box Set #4』に収録され、2019年にはKnitting FactoryからLPとデジタルで単独再発も行われた。
Rush Hourは表題曲を「1976年のアフリカ70との、フェラの最高の曲のひとつ」と呼び、ゆったりしたギターのリフ、ドラム、ホーン、重ねられた女性コーラスが、締まったグルーヴの中で徐々に盛り上がっていくと評している。
トラックリスト
- A Yellow Fever 15:24
- B Na Poi '75 13:25
動画プレイリスト
このアーティストについて
Fela Kutiは、1938年10月15日にナイジェリアのアベオクタで生まれた音楽家だ。ジャズ、ファンク、ソウルを土台にしながら、アフロビートとジャズ・フ...
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